フェアリーヤーンが紡いだ恋 〜A Love Spun with Fairy Yarn〜
 それからモヤモヤと共に、数日が過ぎた。
里桜はなんとか仕事に集中できている――が、頭の中ではある図式が出来上がっていた。

 自分と主任のステッチが同じ
 彼は非売品の眼鏡ケースを持っている 
 美しい編み目の均等さはフェアリーヤーン
 主任には彼女がいる

 (……ということは、主任の彼女がフェアリーヤーンのオーナー⁉︎ でも、なんで同じステッチ?)

 やはり引っかかるのはそのことだった。

 (いっそ主任に聞いてみる? ……いやいや、無理だよ。あの無表情マンは怖いから)

 昨日までは無意識だったが、今では何か手がかりがないかと、里桜は松本をさりげなく目で追うようになっていた。

 (ステッチもそうだけど……なんであんな素敵なものを作れる人が、無表情マンと一緒なの?  あの主任の無口で無感情さは私がよく知ってる。なんてったって、元教育係だし)



 そんなある朝。いつも通り営業へ行く社員たちから領収書を受け取っていた里桜。

 五人いる社員たちは列を作り、それぞれ自分の番を待っていた。一人一人丁寧に対応し、最後の一人になった時。

 そこに立っていたのは、ニヤついた顔の軽薄そうな男。営業一課の広田勇樹(ひろた・ゆうき)。三年先輩社員の彼が苦手な里桜は、思わず顔を引き攣らせた。

 (うわぁ、出た! チャラい+俺様短気男)


 「新條ちゃ〜ん、今日もかわいいね。これよろしく」


 そう言ってウィンクする広田から、無言で領収書を受け取る。その場で日付を確認すると、すでに期日を二日も過ぎていた。

 (はぁぁ……この人は何回言えば期日を守ってくれるの? 言いたくないけど、ちゃんと言わなきゃ……)

 仕事と割り切り、里桜は重い口を開く。


 「広田さん。こちらはすでに期日を過ぎているので、受け取れません」

 「あのさ、俺って営業マンだから忙しいのよ。その俺がわざわざ持ってきてやってんだから、融通きかせろよ!」


 声を荒げ、拳でカウンターを叩いた広田。
 その音に怖さを感じ、体がビクッと震える。

 (こ、怖い……でも、きっぱり断らなきゃ)

 里桜は、新入社員の時に松本から言われた『期日厳守の鉄則』を思い出していた。


 「う、受け取れません」

 「そんな細けぇこと言ってたら、客との関係が切れるだろ! いいから受け取れって言ってんだよ!」


 さらに強い口調と、カウンターを叩く音。
 恐怖が一気に増し、里桜は言葉を失ってしまった。



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