指先から溢れる、隠れた本能。
「混んでますね」
自分でも驚くほど自然に声をかけてしまった。普段なら、知らない人に話しかけることなど滅多にない。だが、彼の静かな佇まいが、私の緊張をほぐすように働いたのかもしれない。
男性は軽く首を傾け、柔らかな笑みを返した。
「ええ、少し」
その声は低く、穏やかで、まるで湖の水面のような落ち着きがあった。私の胸が、なぜか不思議な安堵感に包まれる。ほんの一瞬の会話なのに、彼の存在が心のざわめきを静めてくれるような気がした。名前も知らない、ただの偶然の隣人なのに。
やがて私の名前が呼ばれ、診察室へと向かった。検査台に座り、医師が機器を操作する音が耳に届く。
指先にセンサーが触れ、冷たい感触に一瞬身をすくめた。モニターに映し出されるデータは、私には理解できないものだったが、体の奥底で何かが微かに震えている感覚だけは確かだった。検査が終わり、医師が「結果は後日お伝えします」と告げると、私は小さく頷き、待合室へと戻った。
そこにはまだ、あの男性が座っていた。彼も何かの検査を終えたらしい。視線が一瞬交錯し、私はなぜか頬が熱くなるのを感じた。急いで視線を逸らし、病院を後にした。