【改稿版】幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。

プロローグ

 スマホの時計を見た瞬間、血の気が引いた。面接まで、あと十二分。
 初めての就活で、やっと最終面接までこぎつけたのに。
 走るしかない──そう思った矢先、前方で年配の男性がつまずき派手に転んだ。
 手に持っていた封筒から書類がこぼれ落ち、風にあおられて歩道に散らばっていく。
 
 私は駆け寄り、書類がこれ以上ひろがらないよう押さえ込む。
 男性は手のひらを庇いながら、息を整えていた。

「救急車、呼びますか?」

 拾い集めた書類を手渡しながら、男性に訊ねる。
 
「いや、大丈夫……ありがとう」
 
 そう言いながら、彼は書類を封筒に戻し、ゆっくりと立ち上がる。
 ふと、視線が合う。
 どこかでお見かけした顔のような気がするけれど、思い出せない。
 
「助かりました。この後、大事な商談がありましてね」

 見ると、手のひらを擦りむいたのだろうか、血が出ている。
 私は自分のハンカチを差し出した。
 
「血が出ています。よかったら、これ使ってください」
「いやいや、そんな」
「大切な商談なんですよね? 書類に血がついてしまいます」

 男性は、少し考えてハンカチを受け取ってくれた。
 
「……では、使わせていただきます。このお礼は──」
「あーーっ!!」

 そうだ、面接!!
 自分が急いでいたことを思い出し、男性に頭を下げる。
 
「すみません、時間がなくて……私はこれで失礼します! お気をつけて!」
「あっ、ちょっと君……!」
 
 私は走りながら時間を見て、慌てて面接会場へと向かう。

 ──まさか、数年前のこの小さな親切が彼を救い、そしてあんな形で再会につながるなんて、思いもしなかった。
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