お坊っちゃまの護衛はおまかせあれ~猫かぶりなわたしは今日も幼なじみを華麗に欺く~

7 南雲凌久 視点



「いやぁ、しっかしあん時はさすがに焦ったよなぁ」
「焦ったと言うよりあまり生きた心地がしなかったね」

 コンビニから寮に戻って瑛斗の部屋に着いた俺達は、茉由を待つことなく先に菓子パを始めていた。

「やっぱ俺達じゃねぇとな~」
「まぁでもあれは相手が悪かったとしか言いようがないかな」
「そうですね」

 顔色一つ変えず「そうですね」なんて言ってるが、さすがの楓花もあん時は焦りが垣間見えてたな。いや、あれは焦りというより殺意だったか。
 あの日、第4部隊から応援要請を受け、第1部隊からは治癒能力のある茉由が派遣された。


 ── 半年前

「つーか俺らも行ったほうが効率よくね~?」
「茉由が選ばれたということは救護のほうが後手に回ってるんだろう」
「官僚の娘だか何だかの護衛がなーんでそうも大事になってんだか~」

 どうせ調子こいて半グレだのなんだの使って遊んでたツケが回ってきたんだろうけどな。マジでしょーもねえ。

「まちまちではありますが手塚さんからメッセージは届いていますし、わたし達はわたし達の任務を遂行しましょう」
「そうだね」
「お前に言われなくても~」

 ── 2日後

「どうした」
「え?」
「なんかあったか」

 いつも通り、こいつは何があっても仕草や表情(かお)に出すことはあまりない。そう訓練を受けている……だが、幼なじみの俺を欺けると思うなよ。つーかお前のこと好きな俺を見くびんな。どんだけお前の隣にいると思ってんだ、どんだけお前のこと見てきてると思ってんだよ。

「楓花、どうしたんだ? 何かあったのか?」

 瑛斗のその言葉に少しうつ向いていた顔を上げ、俺達を見上げた楓花の瞳が微かに揺らいでいたのを俺が見逃すはずもねえ。

「楓花、黙りすんな」
「……すみません、凌久さま小野田君。実は昨日の夕方頃から手塚さんの連絡が途絶えてて少し心配で……申し訳ありません」

 まあ、特段珍しいことじゃねぇな。バタバタしてて連絡ブッチとかあるっちゃあるし、適当な連中が多い幻影隊には報連相っつうもんを知らねえ馬鹿もいるしなぁ。ま、俺も報連相なんざいちいちしねぇけど、楓花もしくは瑛斗がするしな。

「忙しいんじゃないか?」
「それ説濃厚だろ~、心配症かぁ?」
「そうですね、すみません」

 楓花の思い過ごしで済むはずだった──。

「あの、二輪さん……今なんて言いました?」
「いやぁ、サポーターから連絡があってなぁ。手塚と第4部隊隊長を含む数人と連絡が途絶えらしい、安否は不明とのことだ」
「いや、ですからそれはどういうことですか、とわたしは聞いているんです」

 表情も声も何一つ変わらねえ、口調だっていつもと通りだ。

「いやぁ、よくあるあるな不良娘の護衛だったはずだがよぉ、どうやら事態が急変したようだな。はぁ、どうもキナ臭いんだよなぁ、くせぇくせぇ」
「そんなことを言っている場合ですか、あなた達は一体何をしているのですか」

 普段と何も変わらねえ……と言いたいところだが漏れちゃってんだよなぁ、殺意が。でもこれは分かる奴にしか分からねえ、あの楓花が誰にでも分かるような殺意を振り撒くわけがねぇしな。

「おうおう怖ぇ女だぜぇ~、わっちを殺ろうってかぁ?」

 スッと消える殺意、それを呑み込んだ楓花はマジですげぇなってシンプルに思う。感情の自制、要はコントロールがバケモンなんだよな、こいつは。ま、そうさせたのは俺なんだけどな。

「いえ、冗談はその喫煙の量だけにしていただければ」
「ははっ! いやぁ、参ったねぇこりゃ」
「周辺の監視カメラの映像出します!」

 モニターに映し出されたのは、半グレ共が暴れまわっている映像。視線を少し下に向け楓花を見下ろすと、じっとモニターを凝視していた。

「二輪さん、出動許可を」
「あ~? いやぁ、現状が分からんっ」
「大蛇のメンバーが複数人映っていました」
「「「「「「!?」」」」」」
「さすがの記憶力だなぁ、いやぁパッと見じゃ分からんぜ~」

 奇才集団“大蛇”── 俺達同様、特殊能力保持者の集まり。んで幻影隊がヒーローだとするなら大蛇はヴィランってとこだな。

「これ以上の説明は不要かと。出動許可を」
「おうおうなんだぁ? えらくやる気じゃねぇか。自己主張なんてする質じゃねぇだろうよぉ」
「被害の拡大を最小限に抑えるべきでは?」
「被害の拡大ねえ? 大蛇殲滅するぞー! ってかぁ?」
「そう指令をしていただければ応えます」

 楓花の発言で場の空気が張り詰める。ぶっちゃけ楓花の本気っつう本気を俺すら見たことがねえ。未知数、この一言に尽きる。こいつが俺のせいで血反吐を吐くほどの努力をしてきたことは知っている。だいたい俺の専属護衛の許可が下りた時点で相当だ。だが、はっきり言うと楓花は物理的な強さが欠けている。まあ女だから仕方ねえってのはあるが……いや、このヘビスモババアはマジで別格だけどな、これは性別だのなんだの凌駕する怪力だから比べる対象にならん。
 まあでも、物理的な強さって必須ではねぇんだよなぁ……やり方なんだよ要は。それを楓花はちゃんと分かっている。そして何より楓花は気持ちが強ぇ。じゃなきゃ俺の隣に今立ってねえ。死に物狂い……もはや意地だったかもしれねぇが、それでも俺の隣にいる。これが全ての答えだろ。

「まぁまぁ落ち着きなよ楓花」
「小野田君、わたしは落ち着いていますよ」
「そうか、すまない。じゃあ行こうか、凌久楓花……茉由を助けに」
「だな。まっ、ついでにザコも助けといてやるよ~」
「二輪さん、指示を」
「よぉし好きにやれ、思う存分暴れてこいやぁ。だが大蛇の奴らは極力殺すなよぉ、できれば生け捕りで頼むわぁ」
「「「了解」」」

 装備を整え出動準備を終らせた俺と瑛斗は先にホームを出て楓花が来るのを廊下の壁にもたれながら待っている。

「辛気くせぇな瑛斗」
「君もね、口数が少ないじゃないか」
「……考えたくもねぇよな、最悪のっ」
「らしくないね」

 らしくない……ね。そりゃ俺だって人間だからな、普通に。仲間を失うのも、楓花につれぇ思いさせんのも嫌だろ。

「なんでこうも弱ぇ奴しかいねぇんだろうな~、強くなってくれよマジで」
「凌久が規格外なだけだろ」

 もういらねえだろ、弱ぇ奴は。死にに行くようなもんじゃねぇかよ。黙ってホームで守られときゃよくねぇか、無駄に捨てることねぇじゃん。
 もう、俺達だけで──。

「なーんて現実性に欠けるわなぁ」

 いくら無敵っつってもな、限度っつうもんがあるわけよ。

「せめて仲間だけでもって思っちまうよなぁ」
「ははっ。いやぁ随分と人間臭くなったじゃないか、君がそんなことを言うなんてね」
「はあ? 俺は元からアツい男なんで~」
「そんなわけないだろ」

 はっ、こんな男にしたのはどこのどいつだよって。おめぇらじゃん、俺をそうさせたのは。

「なぁ、瑛斗」
「ん?」
「俺、弱くなってねぇか」

 今まで楓花さえ守れればそれでいいって思考で生きてきた、別に今もそれは変わっちゃいねえ……はずだったんだが俺の中で少しずつブレ始めた。
 ヒーローは守るものが多ければ多いほど強くなるとかならないとか言うけどさ、でも俺は違ぇんだよな。ヒーローなんて器でもねぇし、守りたいと思うものが増えるほど弱くなってんじゃねぇかって、らしくねえことを考えては気づかねぇふりして、その繰り返し。

「ははっ、明日は時期外れの大雪かな?」
「んだよ、らしくねえってか?」
「……心配するな、君は強い。そしてこの手の話題を俺に振ってきた時点で凌久はかなり成長しているよ。俺はそれがすごく嬉しいかな、君のそういう人間みが溢れているところを感じれると安心するよ」
「あ? なっんだそれ、きっしょ」
「すみません、遅れました」

 楓花の声がけに振り向いた俺と瑛斗の視線は真っ先に腰の後ろで固定されている武器を捉える。楓花の体からあんだけはみ出てりゃ目立つわな。しっかし物騒な武器持ち出してきたじゃんよ。ありゃどう見ても普通の銃じゃねえな。

「楓花、それは一体……なに?」
「お前そんなの持ってたっけ?」
「使うことがなかったので。行きましょう」

 俺と瑛斗は顔を合わせて楓花の背後についた。収納されてはいるがケースの形状に双剣銃ってやつだなぁ、おそらく南雲家の武器だろうけどあんなの楓花が使ってるところ見たことねぇぞ俺。扱いきれんのか?

「えらい物騒な武器持ってんじゃん、どうしたんだよそれ」
「旦那様から頂いた双剣銃です」
「頂いたって、扱えんのかよ」
「はい、問題ありません」

 今まで使ったことのねえ武器を引っ張り出してきたってことは本気ってことか? いや、最悪1人で戦うことを想定して……か。まあ、どっちもか。

「楓花」
「はい」
「俺の傍にいろ、離れんな」
「御意」

 いつも通りの返事に表情、何一つ変わんねえ……そのはずなんだけどな。こいつが俺の傍から離れるビジョンしか見えてこねえ……ほんっと最悪な気分だわマジで。

 それからホームの奴らと連携を取って、茉由達の居場所を突き止めた……が、そりゃ敵の罠に引っ掛かりに行くようなもんで、そう簡単にゃ突破させてくんねぇわな。

「ここは俺に任せて行ってくれ」
「そんなっ」
「急ぐんだ」
「おい、行くぞ楓花」
「……小野田君」
「ん?」
「ご武運を」 
「ありがとう、茉由を頼んだよ」
「承知しました」

 俺達は初めて身近な仲間を置いていくという胸クソ悪い経験をするはめになった。感情を表に出すことをあまりしない楓花だが、あまりの無表情さに『ああ、逆にこっちパターンね』と悟った。

 敵の襲撃をもろともせず、俺と楓花は茉由を奪還すべく先を急いだ──。

「て……づか……さん……」

 地面に横たわる血だらけの茉由、おそらく死んではねぇけど意識はねえ。

「凌久さま、手塚さんをよろしくお願いいたします」
「……は? いや、なに言ってんの。お前が茉由連れて行け」
「わたしが手塚さんを担いで敵襲を躱しつつ安全な場所まで避難させるのはほぼ不可能です。凌久さま、あなただから手塚さんを安心してお任せできるのです。わたしのことなら心配には及びません」

 いいのか、楓花をひとりにして。茉由も第4部隊の連中もやられてんだぞ。だが、一刻も早く茉由を連れてかねぇと手遅れになる。揺らぐ、心が乱れる、俺はどっちを優先すりゃいい。

「お前以外に大切なものなんて作るんじゃなかった」

 思わず口に出したその言葉に楓花は微笑んだ。

「わたしはとても嬉しいですよ。凌久さまが仲間に囲まれている姿を見るのが幸福です」

 昔の俺だったら迷わず楓花を優先した、他人の生き死になんざどうでもよかったはずだ。俺はいつからこんな甘っちょろい男になったんだ、何よりも大切なのは楓花だけだったろ。なんでこうなっちまった。
 ほらみろよ、俺はこうやって弱ぇクソみてぇな男になってく──。

「凌久さま」

 俺を真っ直ぐ見つめるその瞳は、『わたしを信じろ』と言われているようだった。

「ご命令を」
「……15だ、15分で殲滅させろ。死んだら許さねぇぞ」
「御意」

 こいつは強ぇ、誰よりも。

 俺は茉由を抱えて守りに徹するため結界を張った。振り返れば決意が揺らぐ、楓花に手を伸ばしちまう。俺は振り返らず茉由を連れてこの場を去った──。

 茉由を救護班に預けた頃にはもう30分ほど経過している。

「ちっ」

 戻ろうとした時、耳障りな声がイヤホンを通して鼓膜を刺激する。

 〔やっほぉ、南雲ちゃん聞こえてる~? いやぁごめんねー? 来るの遅くなっちゃって~。まっ、ヒーローって遅れて来るのが定番だしねぇ〕
 〔今おめぇの相手してる暇ねぇんだわ〕
 〔あらあら機嫌悪いね~? 隊長かなしいなぁ〕
 〔知るか、切るぞ〕
 〔ちょい待ちちょい待ち~。心配しなくても君の番犬ちゃんピンピンしてるよ。今そっち向かってるっ〕

 俺はイヤホンを取って走った。

「ははっ、南雲ちゃんのガンダとかレアじゃな~い?」
「凌久さま」

 ヘラヘラ笑ってやがるクソ隊長と涼しい顔をしてやがる楓花。だが、俺がいた時にはなかった掠り傷が所々にある。

「いやぁもう番犬ちゃん大暴れしてんだも~ん、止めるほうが大変だったよ~。全員生きてるか確認すんのに時間かかっちゃってさぁ……って」
「え、あ、ちょっ」

 無意識に楓花へ手を伸ばし、引き寄せ、抱きしめていた。
 なにも言わずどっか行ったクソ隊長、突然こんなことをされて微動だにしない楓花。

「あの、凌久さま……?」

『好きだ、愛してる』この言葉が喉から出かけては呑み込む。言えねえ、言えるわけがねえ。壊れるくらいならこのままでいい。

「置いてけぼりにして悪かった」
「それはわたしがそうしてくださいと凌久さまにお願いをっ」
「生きた心地がしねぇんだって、お前が隣に立ってねぇと調子が狂うんだって」

 情けねえ、なに言ってんだ俺。

「……そうですね、わたしもです。凌久さまが隣にいてくださらないと」
「こんなのもう二度と御免だっつうの」

 楓花の手が控えめに俺の背中に添えられた、優しく包み込むように。

 好きが溢れる──。


「んんっ」
「こら凌久、楓花がリスになっちゃうよ」
「あ?」

 どうやら俺がぼうっとしながら次々と楓花の口ん中にコンビニスイーツを突っ込んでいたらしい。両頬がパンパンで今には噴射しそうになっている。なんつう可愛い顔してんだよ、死ぬ。

「ぶっさ」
「おい凌久、他に言うことあるだろ」
「はいはい、ごめんごめ~ん」
「ったく、楓花大丈夫か?」

 楓花はコクコク頷いて一生懸命飲み込んでいる。

「さっきからぼうっとしてるが何かあったのか」
「あ? いいや? 別に」
「そうか」

 それから茉由も合流してくだらねえ生産性のない話で盛り上がったりしてマジで何してんだかって。
 まあ、だけど── こういうのも悪くねえって思えるのはこいつらのおかげ。失いたくねえ、誰一人として欠けさせたくねえ。俺が守る、絶対に死なせはしない。
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