お坊っちゃまの護衛はおまかせあれ~猫かぶりなわたしは今日も幼なじみを華麗に欺く~

8 凪良楓花 視点



 専属護衛だからと言って24時間四六時中一緒にいるというわけでもない。厳密に言えばS学に来る前まではほぼ一緒にいると言っても過言ではなかったけれど、徐々~に凌久から解放される時間が増えていき、最近はとくに瑛斗と遊んだり女遊びも増えてきて別行動することが多くなってきた。
 本当にありがたい、わたしだってひとりの時間とかほしいし、茉由とふたりで遊んだりしたいし。凌久がいない時間が増えてきて嬉しい……はずなんだけど、やっぱ常に隣にいることが当たり前だったせいか、少し寂しさみたいなものを感じてはそんな自分にドン引いたりして、ドMなのかなわたしは……とうなだれる。
 瑛斗と街ブラするとか言ってたしまだ帰ってこないよね。どうせ女でも引っかけてくるんでしょ、あいつら。女の恨みってこわいしマジで刺されても知らないよ? そもそもそんな脅威からクソお坊っちゃまを守らなきゃならないわたしの身にもなれ、ふざけんな。

「はぁ」

 今日茉由いないしなぁ、医療チームと学会に出席するとかなんとかで。
 忙しいのも嫌だけどこうやって暇なのも気が落ちるなぁ、と思いながらS学内を宛てもなく歩いていると奇妙な目で見られたり、「はじめまして!」みたいな感じで声をかけられたり。良くも悪くも幻影隊の隊員ってだけで目立つ、制服も違うし。

「あっあの」

 振り向くとそこにいたのは高身長で、なんて言うか……もっさりした男子がオドオドしながら立っていた。

「なんでしょうか」
「ごっごめんなさい、いきなり声かけて」
「いえ」

 先輩だろうなって感じだけど、なんの用だろう? もしかして……告白!? なーんてありえないか。可愛くもなければ綺麗でもないしスタイルだって良くも悪くもない普通、ザ平凡女。そして凌久の専属護衛ってことも相まってか告白なんて一度だってされたことがない。恋だの愛だの一番無縁の世界で生きている自信がある。

「ぼっ僕、あの、ずっと凪良さんのことが気になってて、その、素敵だなって」
「え、あ、どうもありがとうございます」
「す、すっ、すっ!!」
「ちょっ」

 たぶんテンパり性なんだろう、悪気は全くなさそうなんだけどいきなりグッと迫ってきてから慌てて後ろへ下がったものの、わたしも大概とろくさいのよ。ちょっとした段差に引っかかって後ろに倒れそうになったのを咄嗟に支えてくれた先輩に抱きしめられているという構図のできあがり。

「あっあのっごっごめんね!? こっこんなつもりじゃなくて!」
「い、いえ、こちらこそすみません」

 互いにぎこちなくて、妙にそわそわする。モテる茉由とは正反対のわたし、慣れてなさが露骨に出てる。

「じっ実は僕、人の心が読めるんだ」
「え」

 唐突すぎる暴露。いや、それってまずくない? わたしの本性バレてるってこと? S学にその類いの能力保持者はいなかったはず……え、どうしよう、まずくない?

「あっ、その、誰かに言うつもりはないから安心してほしいっていうか、ごっごめんね」
「えっと、あの……すみません、ちょっと混乱してて」

 いや、そもそも本性知っててわたしのことが気になるってどういうこと? 無理でしょ、こんな女。物好きなのかな、この人。近くで見るともっさりはしているもののなかなかなイケメンだし、なんかいい匂いするし、意外とがっしりしてるし、イケボだし、え……ますます分からん。

「あっありがとう、褒められて嬉しいな、へへ」
「い、いえ」

 え、待って。この人どういう原理でわたしの心読んでるの? こういう類いの能力って目を合わせるか触れるか、みたいなのが大半だと思うけど……わたしは今触れられてもいないし目も合わせないようにしていた。

「ごめんね、僕のは違うんだ。僕の能力は僕が読みたいと強く思った相手だったら無条件で読めちゃうんだ」
「まじっすか」
「うん、まじっす」

 え、なにそれ、すご。そんな能力持ってるのになんで……いやでも、能力を持っているから確実に幻影隊へってわけではない。向き不向きもあるし幻影隊の合格率ってそもそも低いし。

「きっ君を初めて見た時、とっとても綺麗な人だなって思ったんだ」

 それ、幻では?

「幻なんかじゃないよ、今だってこんな近くにいても綺麗だなって、そう思うから」

 意外とストレートにこういうこと言えちゃうタイプの人ですか、普通にモテるのでは?

「僕、興味がないんだ……何に対しても。だからこんな能力があるだなんて、君を初めて見かけた時まで知らなかったんだ」
「なるほど」
「あっえっと、あまり引き止めちゃうと南雲君に怒られちゃうかな、ごっごめんね。あっあの、友達……でもいいから、その、連絡先とか交換してくれないかな、めっ迷惑でなければ」
「あ、ああ……はい、大丈夫ですけど」
「本当に!? あっありがとう!」

 連絡先を交換して、何度も頭を下げながら去っていく先輩に軽く会釈をしてその場を去る。放心状態のわたしはその辺にあったベンチに腰かけ、ため息を漏らす。
 6月下旬、本格的な夏が到来する頃わたしには春の訪れ? いやいや、恋愛とかってあまり興味ないっていうか、あのクソお坊っちゃまの世話でいっぱいいっぱいというか、そもそも凌久に『専属護衛の分際で色恋にうつつ抜かしてんじゃねぇぞ』って激怒されて終わるのが目に見えてる。

「はぁ」

 好意を持ってもらえるのは純粋に嬉しいんだけどなぁ……ぼうっと空を見上げて無の境地。スマホからピコンッという通知音が鳴って現実に戻される。

 《さっきはいきなりごめんね、テンパりすぎて自己紹介も忘れちゃってた。僕は6年の實森飛羽(じつもりとわ)、よろしくお願いします。》

 6年ってことは高3の代か、3つ上ってことね。

 《3年の凪良楓花です、よろしくお願いします。》
 《僕が引き止めちゃったから南雲君怒ってない?》
 《いえ、大丈夫です》

 そもそも一緒にいないし。でもそろそろ帰ってくる頃かな? 一旦寮に戻ったほうがよさそうかも。

 《そっか。メッセージとか迷惑じゃないかな? 南雲君に怒られたりしない?》
 《問題ないかと》
 《ありがとう》

 幻影隊以外の異性とメッセージのやり取りをするのはこれが初めてで新鮮というか、ちょっと心が踊るのと同時になぜか罪悪感みたいな感情も湧いてくる。

「何に対しての罪悪感よこれ」

 ああ、たぶん凌久だわ。なぜか凌久に対して罪悪感を感じてるんだわ。
 いやいや、別にただの幼なじみだしただの護衛だし、そもそも凌久だって好き放題やってるんだし、わたしが誰と関わろうが連絡取ろうが関係ない。逆もまた然り、凌久が誰と関わろうが連絡取ろうが何をしてようが、わたしには関係のないこと。

「……うん、とりあえず戻ろう」
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