旦那様は公安刑事
第一章 「理想の新婚生活」
朝の光がレースのカーテン越しに差し込み、淡い白に染められたリビングを照らしていた。
テーブルの上には淹れたてのコーヒーの香りが漂い、トーストの焼ける香ばしい匂いが重なる。
「悠真、もうすぐできるから座ってて」
エプロン姿の美緒は、慣れた手つきでスクランブルエッグを皿に移した。
その声に応じて振り返ったのは、スーツに袖を通したばかりの夫・悠真。
長身で整った顔立ちに、穏やかな笑みを浮かべる姿は、どこに出しても誇らしい“旦那様”だった。
「ありがとう。美緒の朝ごはんが一番の元気の源だ」
にこやかにそう言って席に着く悠真。
結婚して半年――忙しい刑事の夫との生活は、多少のすれ違いこそあれど、美緒にとって幸せそのものだった。
警視庁の刑事。そう聞いたときは驚いたが、正義感に溢れる彼らしいと思った。
ただ、仕事は多忙を極め、突然の呼び出しや徹夜も珍しくない。
けれど、帰ってきたときの「ただいま」の一言と、優しく抱きしめてくれる温もりがあれば、それだけで十分だった。
「今日は早めに帰れそう?」
美緒はおそるおそる尋ねる。
刑事という職業柄、望んでも予定通りの帰宅はほとんどないことを知っている。
「……努力はする」
ほんの一瞬、悠真の瞳が陰った。だがすぐに柔らかな笑みを取り戻す。
美緒はその微妙な間を見逃さなかったが、それ以上は何も問わなかった。
無理に聞いてはいけない。そう思わせる空気が、悠真には時折漂っていた。
結婚生活は幸せ。けれど――胸の奥に小さな棘のような違和感が残る。
夫の仕事を誇りに思いながらも、心のどこかで「知らない部分」があることが怖かった。
「行ってきます、美緒」
ネクタイを整え、コートを手にした悠真が、玄関で振り返る。
美緒は微笑み、彼の胸にそっと手を添えて言った。
「いってらっしゃい。……気をつけてね」
扉が閉まる音とともに、部屋は静寂に包まれる。
残されたコーヒーカップの温もりを見つめながら、美緒は小さく息をついた。
――優しい旦那様。でも、その瞳の奥にあるものを、私はまだ何ひとつ知らない。
テーブルの上には淹れたてのコーヒーの香りが漂い、トーストの焼ける香ばしい匂いが重なる。
「悠真、もうすぐできるから座ってて」
エプロン姿の美緒は、慣れた手つきでスクランブルエッグを皿に移した。
その声に応じて振り返ったのは、スーツに袖を通したばかりの夫・悠真。
長身で整った顔立ちに、穏やかな笑みを浮かべる姿は、どこに出しても誇らしい“旦那様”だった。
「ありがとう。美緒の朝ごはんが一番の元気の源だ」
にこやかにそう言って席に着く悠真。
結婚して半年――忙しい刑事の夫との生活は、多少のすれ違いこそあれど、美緒にとって幸せそのものだった。
警視庁の刑事。そう聞いたときは驚いたが、正義感に溢れる彼らしいと思った。
ただ、仕事は多忙を極め、突然の呼び出しや徹夜も珍しくない。
けれど、帰ってきたときの「ただいま」の一言と、優しく抱きしめてくれる温もりがあれば、それだけで十分だった。
「今日は早めに帰れそう?」
美緒はおそるおそる尋ねる。
刑事という職業柄、望んでも予定通りの帰宅はほとんどないことを知っている。
「……努力はする」
ほんの一瞬、悠真の瞳が陰った。だがすぐに柔らかな笑みを取り戻す。
美緒はその微妙な間を見逃さなかったが、それ以上は何も問わなかった。
無理に聞いてはいけない。そう思わせる空気が、悠真には時折漂っていた。
結婚生活は幸せ。けれど――胸の奥に小さな棘のような違和感が残る。
夫の仕事を誇りに思いながらも、心のどこかで「知らない部分」があることが怖かった。
「行ってきます、美緒」
ネクタイを整え、コートを手にした悠真が、玄関で振り返る。
美緒は微笑み、彼の胸にそっと手を添えて言った。
「いってらっしゃい。……気をつけてね」
扉が閉まる音とともに、部屋は静寂に包まれる。
残されたコーヒーカップの温もりを見つめながら、美緒は小さく息をついた。
――優しい旦那様。でも、その瞳の奥にあるものを、私はまだ何ひとつ知らない。
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