旦那様は公安刑事

第十二章 絆の証明

 夜の街に、けたたましいサイレンと怒号が響いていた。
 爆破予告が出された国際会議場。その一角で、悠真は銃を構え、突入部隊の先頭に立っていた。

「制圧開始――!」
 号令とともに、重い扉が破られる。
 煙の中から現れた複数の影。銃口が閃き、火花が散る。

 弾丸の雨の中、悠真は仲間の背を守りながら進んだ。
 しかしその胸にあったのは国家の使命ではなく、ひとりの妻の存在。

 ――必ず生きて帰る。約束したんだ。

     

 同じ頃、自宅のテレビでは緊迫した現場の映像が流れていた。
 報道は「公安部の特殊部隊が対応」と繰り返すだけで詳細は不明。
 けれど、美緒には分かっていた。あの現場のどこかに、悠真がいるのだと。

 祈るように胸の前で手を組む。
「お願い……帰ってきて」

     

 会議場の奥で、最後の抵抗を見せる男が起爆装置を構えた。
「近づくな! 全員道連れだ!」
 その叫びに、場の空気が凍りつく。

 悠真は一歩踏み出し、鋭い声を放った。
「やめろ! 無駄だ」
 だが男の指はスイッチにかかっていた。

 刹那、悠真は躊躇なく飛び込む。
 銃声と怒号が交錯し、もみ合いの中で装置が宙を舞った。
 仲間がすかさず回収し、爆弾は無力化される。

 ――任務完了。

 息を荒げながらも、悠真の胸には安堵が広がった。
 守れた。国も、人も、そして約束も。

     

 翌日。
 朝の光がカーテン越しに差し込む部屋で、美緒はソファに座っていた。
 玄関の扉が開き、疲れ切った顔の悠真が帰ってくる。

「……ただいま」
 その声に、美緒の目から涙が溢れた。
「おかえりなさい……!」

 駆け寄って抱きつくと、悠真は少し驚いたように目を瞬き、それから強く抱き返した。
「約束、守った」
「うん……信じてた」

 互いの心臓の鼓動が重なる。
 この瞬間、ふたりの間にあった溝は完全に埋められた。

     

 後日。
 いつもの朝、美緒はキッチンでコーヒーを淹れ、食卓に並べる。
 新聞を広げる悠真の隣で、何気ない会話が交わされる。

 けれど、その背中を送り出すとき、美緒の心はもう以前とは違っていた。
 普通の夫婦ではない。
 けれど、どんな影の中にあっても、この人となら共に歩んでいける。

「いってらっしゃい、悠真」
「行ってくる。……美緒」

 振り返った彼の微笑みは、公安刑事ではなく、一人の夫のものだった。

     

 ――愛は試され、そして証明された。
 国家を背負う男と、その妻。
 ふたりはもう、揺るぎない絆で結ばれていた。
< 12 / 13 >

この作品をシェア

pagetop