失恋の痛みは後輩くんに奪われる

思いもよらぬ告白

 その日も結局残業だった。オフィス内にはパラパラと社員が残っているものの、沙織たちの近くには誰もいなかった。

「ゲーム、全然RPGじゃなくないですか?」

 東堂が唐突に口を開いて、沙織はきょとんとその顔を見上げていた。
 一拍遅れて、疑問の声が漏れる。

「……え?」
「宮内さんがハマってるって言ってたゲーム。俺もダウンロードしてみたんですけど」
「え!?」

 咄嗟に大きな声が漏れてしまった。
 どう考えても、女性向け乙女ゲームとしか思えないあのゲームを?

「そんなにストーリーが良いなら面白いかも、と思って」
「いやまあ、ストーリーはいいんだけど、あれあくまで女性向けだから東堂くんがやっても面白くないんじゃない、かな……?」

 そっと様子を伺いながらそう言うと、東堂くんは「やっぱりそうですか」と言い、某名作RPGの名前を上げながら、「ああいうゲームだと思ってました」と苦笑いを浮かべた。

「ごめん。説明が足りなかったね。まさか東堂くんがダウンロードしてくれると思わなかったから」
「宮内さんが面白そうに喋るから、気になって」
「え、ごめん……」
「別に良いんですが」

 そう言って東堂は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、その画面を沙織に向けた。

「このキャラ、ちょっと国代課長に似てません?」

 そう言って東堂が見せてきたスマートフォンには、大きなエデルのイラストが表示されていた。

「そ、そうだね……似てる、かも」

 声が上擦らないように、慎重に相槌を打つ。

「で、泣いてたんですか?」
「え、まあ……泣いたのはゲームのストーリーがよかったから……」

 すると東堂は、ガシガシと頭を掻いた。
 普段見せることのない感情を露わにした態度に、沙織は狼狽えて何も言えなかった。

「そういう嘘はもういいです」
「え……?」

 じっとブラウンの瞳に見つめられる。
 やがて深く息を吐いた東堂は、スマートフォンの画面を見つめて、自嘲気味に笑った。

「宮内さんも、こいつがタイプ?」
「え?」
「マジ妬けるんですけど。ゲームまで」
「え……?」
「もういい加減、あの人見るのやめません?結婚して、子供もいるんですよね?」
「や、やめて」

 あの人、が誰を指しているのか嫌でもわかってしまって、沙織は思わず東堂から距離を取る。
 しかしその間を埋めるように東堂はぐっと顔を近づけてきた。そのまま、手首を掴まれる。

「そろそろこっち見てほしいんですけど」
「な、にを……」

 沙織はゆるゆると首を振った。東堂の言っている意味が、咄嗟に理解できなかった。

 そんな沙織の様子を見て、東堂は再び深いため息を吐いた。
 東堂が立てる音ひとつひとつに、沙織は大きく肩を震わせてしまう。

 怖かった。
 すると東堂は観念したように頭を振った。

「すみません。泣かせたいわけじゃなかった」

 掴まれた腕が解放され、近かった距離がいつもの隣同士の間隔に戻っていく。それでも未だ体を固くしたままの沙織を見て、東堂は苦笑いを浮かべている。

「全然伝わってないみたいなのではっきり言いますけど。俺の好きな人は、宮内さんです」
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