黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 それから彼女は、イギリスへはほかの秘書が帯同しているのだと教えてくれた。

 楢村さんのことは、温泉街で数回見かけていた。光毅さんと結婚に関する話をするときには、挨拶程度の会話をしている。
 けれど彼から直接紹介される機会はなく、ちゃんと話をするのはこれが初めてになる。

「機会があれば依都さんにずっとお会いしたかったんですけど、社長が許してくれなくて」

 それはそうだろう。
 自分の妻と、愛人や不倫相手となる女性を会わせたがる人なんていない。そんな修羅場は、私だって遠慮したい。

 自分はいない場でこうして私と彼女を引き合わせるなんて、なんの嫌がらせか。それとも、私はふたりの関係を知らないのだからかまわないと考えたのか。

 この状況に、彼のどんな思惑があるのかはわからない。
 とはいえ、女性関係に関して彼がどこでなにをしようとかまわないと言ったのは私の方だ。この件で光毅さんを問い詰めるつもりはない。
 仕方がないのひと言で、無理やり自分を納得させた。

 それにしても楢村さんは私と平気なのだろうかと、バックミラーをそろりと見る。気配を感じてチラッとミラーを見た彼女は、目が合うと上品に微笑んだ。

 大人の余裕だろうか。光毅さんのことを心から慕っているから、なんでも許してしまえるのかもしれない。

「前にお着物をでいらっしゃったときは、凛として素敵でした」

「ありがとうございます」

 説明会のときかと、思い当たる。

「こういうカジュアルな服装だと、印象がまったく変わりますね。すごくかわいらしくて、社長が目をつけるのも納得。あっと、失礼に聞こえたらごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

 ミラー越しに眉を下げた彼女に、曖昧な笑みを返した。

 これほど綺麗な人に〝かわいらしい〟と言われるのは、社交辞令を通り越した裏の意味を考えそうになる。
 今日は長時間のフライトを考えて、動きやすい素材の黒いパンツに、飾り気のない白いトップスを着ている。実用性を重視した、オシャレとは程遠い装いだ。
 対する彼女は、黒いシンプルなワンピースを着ている。シンプルな服だが、華やかな顔立ちやスタイルのよさもあって艶やかに見えた。
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