黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「どうだ、依都」

 背後に立った光毅さんが、私と同じように外を眺めながら尋ねてきた。

 ここで生まれて、ここで育った私から見たら、温泉街はすっかり様変わりしている。

 けれど馴れ親しんだ糸貫庵は変わらずそこにあるし、妹の由奈は女将として今も働いている。
 私を見かけるといつも声をかけてくれたおじさんは、旅館の近くで変わらず団子を焼いている。それにこのホテルの近くにある和服のレンタル屋には、以前は私の実家の近所に住んでいた人が着付けの担当として勤めている。

 すっかり変わってしまったようでいて、意外とそうでない部分も残っている。その事実に、言いようのない寂しさはいっさい抱かなかった。

「ここは、私の自慢の故郷だよ」

 本心でそう言った私を、光毅さんが背後から抱きしめてくる。
 その胸もとに、そっと頭を預けた。

「ありがとう、光毅さん」

 今でも考えてしまう。あのまま、再開発に反対し続けていたらどうなっていただろうかと。

 でもどれだけ想像しても、目の前に広がる光景以上に希望に溢れた未来は描けそうにない。

「後で、糸貫庵の方へ散策に行きたい」

「体調は大丈夫か? 今日は部屋でゆっくりして、明日にした方がいいんじゃないか」

 まだぺたんこの下腹部に、光毅さんが手を当てる。
 そこにふたりの子どもがいるとわかったのは、つい先月のことだ。

「大丈夫だって。ね、少し休んだら行ってみたい」

 すっかり過保護になっている光毅さんを、明るく説得する。
 彼は悩ましげに眉間にしわを寄せていたが、私がお願いだからと見上げると苦笑して額に口づけてきた。

「仕方ないな。絶対に無理はするなよ」

「もちろん」
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