黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 電車を数回乗り換えた後に降り立った駅のロータリーで、実家に向かうバスを待つ。

 幼いころから私は、大人になったら糸貫庵で働きたいと思っていた。
 そして由奈もまた、同じ希望をずっと抱いていたのを知っている。

 このままふたりともが糸貫庵で働いたとしても、年上というだけで将来は私が中心となっていくだろうと予想できた。どうしたって由奈は私に遠慮があるだろうし、年齢的に私の方が早くから働き始めるから彼女の役割は補佐になりかねない。

 その〝当然〟のような感覚が、私の肩に重くのしかかっていた。

 生まれた順番だけで将来が決まるなど、由奈としてはきっと納得できないはず。
 でも私たちは、自他ともに認める仲の良い姉妹だ。そんな気持ちは由奈からは言えないだろう。気遣い屋の彼女は、きっと本音を隠してしまう。

 見た目が祖母に似た美人の由奈は、常連客からより親しまれるに違いない。実際に彼女が仲居のアルバイトを始めると、『女将の若い頃にそっくりだ』と馴染みの客に言われる様子を何度か目にしてきた。

 自分は、祖母のような凛とした女将像からはほど遠い見た目をしている。威厳もなにも感じられないと、姿見の前に立ってため息をこぼす毎日。

 なんでも卒なくこなす由奈なら、きっと糸貫庵を守ってくれる。そう信じて、私は自身の心に蓋をして家を出ようと決めた。
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