甘えたがりのランチタイム

1 レッスンタイム

 毎週金曜日の夜は、茉莉花にとって唯一の楽しみの時間だった。

 意気揚々と職場を出ると、真っ直ぐ駅に向かう。そしてホームにやって来た電車に飛び乗ると、自宅のある最寄駅で降りた。

 軽やかな足取りで向かったのは、駅前にある昔ながらのマンションの一室にある料理教室で、茉莉花は週に一度、ここで料理を習っているのだ。

 元々料理は好きだし、どちらかといえば得意な方でもある。そんな茉莉花がここを選んだのは、講師である千佳子(ちかこ)先生の明るい人柄だった。

 それに加え、まだ自分が知らない料理や作ってみたいメニューをリクエストすると、実習メニューとして採用してくれることも大きかった。

 おかげで茉莉花は和食だけでなく、世界各地の食べ物を作れるようになってきており、子どもの頃に抱いていた『世界中のご飯が食べたい!』という夢を、自分自身で叶え始めていた。

 マンションまで小走りで駆けていくと、すでに一階で待っていたエレベーターに乗り込み、六階まで上っていく。

 エレベーターが六階に到着すると、ほのかな明かりが灯る廊下に沿って、ややサビが目立つクリーム色の鉄の扉が並ぶ。その一番奥の部屋まで歩いていくと、茉莉花は静かに扉を開けて中の様子をを窺った。

 すると部屋の中からいい香りが漂ってきたので、茉莉花はすかさず大きく吸い込んだ。その瞬間、体の力がふっと抜けていくのを感じた。

 この部屋は料理をしていなくてもいい香りに包まれていて、いつも茉莉花の心をリラックスさせてくれた。

「千佳子先生ー、こんばんはー」

 そう言いながら玄関で靴を脱ぐ。料理教室用として購入したという部屋は、千佳子先生の好みにリフォームされていた。家具は全てカントリー調に揃えられていて、所々にハーブやグリーンの観葉植物が置かれている、可愛らしい雰囲気の2LDKだった。

 玄関のすぐ目の前には、グリルが一体となった天板の大きなアイランドキッチンがあり、大人数でも一度に様々な作業が出来るようになっている。

 部屋に上がった茉莉花は、待合室として使っている奥の部屋から千佳子先生が出てくるのを見て、笑顔を浮かべた。
< 1 / 29 >

この作品をシェア

pagetop