甘えたがりのランチタイム
「あら茉莉花ちゃーん、いらっしゃーい。今ね、初めて来てくれた方に説明していたところなのよー」

 千佳子先生の料理教室は全てのコマが単発で、自分で行きたい時間を選択することが出来る。そのため、顔を合わせる人は様々で、いろいろな方に出会える貴重な機会でもあった。

 茉莉花は一週間の自分へのご褒美として参加していたため、毎週金曜日の夜に予約を入れていた。

「千佳子先生のレッスンは楽しいから、口コミで広まってるのかも」

 そう言いながら荷物を置きに行こうとした時、奥の部屋から出てきた男性を見て、茉莉花は大きく目を見開いた。

 薄いブルーのワイシャツの上から、デニム素材のエプロンをかけた背の高い男性は、笑顔を浮かべて茉莉花を見た。

「あれっ、西園(にしぞの)さん?」
「えっ……もしかして風見(かざみ)くん?」

 風見裕翔(ゆうと)は茉莉花の同期で、騒がしいメンバーたちとは違って、どこか物静かな人だった。それでいて周囲への気配りは忘れず、場を和ごますのも上手い。彼がいるだけで、誰もが穏やかな気持ちになれた。

 とはいえ茉莉花と裕翔には同期という以上の接点はなく、話した記憶もほぼなかった。

 二人のやり取りを聞いていた千佳子先生は、ワクワクした表情で二人を交互に見る。

「あら、知り合いなの?」
「会社の同期なんです。俺たちの年に入った新入社員は多いし、部署が違うからあまり関わりはないんですけど」
「飲み会とかではちょこっと話したくらいだよね」
「うん、そうだね」

 すると千佳子先生は両手をパンっと合わせると、二人の肩をポンポンと叩く。

「今日一人来られなくなっちゃって、生徒さんは二人だけなの。だから、これを機にもっと仲良くなっちゃいましょう!」
「千佳子先生の手にかかれば、みんなお友達ですもんね」
「そうそう! あなたたち二人は大親友になっちゃうかもしれないわよー!」
「あはは! そうなれたら嬉しいなぁ」
「じゃあ茉莉花ちゃんの準備が出来たら始めましょうか」
「はーい」

 千佳子先生が部屋から出ていくと、茉莉花は小さな二人掛けのソファに荷物を置いた。
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