甘えたがりのランチタイム

「まさか西園さんがいるとは思わなかったよ」

カバンの中から取り出したエプロンを着けながら、茉莉花はクスクス笑った。

「だね。私もここで知り合いに会うとは思わなかったよ」
「もう長いの？」
「一年くらい。楽しくて毎週来ちゃってる」
「そうなんだぁ」
「風見くんは？　どこで千佳子先生の料理教室を知ったの？」
「ネットで見たんだ。アットホームで楽しい料理教室って。一度行ったら病みつきになるって書いてあって、気になって申し込んじゃった」
「確かに。そのレビューは正解だね！」
「なるほど。西園さんがそんないい顔するんだから間違いない」

　そんなことを言われたものだから、茉莉花は照れたように頭を掻いた。

「でもびっくり。あまり話したことはなかったけど、風見くんに料理ってイメージがあまりなかったから」
「うーん、ある程度なら出来るんだけど、その……彼女を喜ばせたくて……」

　＂彼女＂というワードを聞いた途端、茉莉花の胸がキュンとときめいた。

「風見くん、彼女いるんだ」
「うん、まだ付き合って三ヶ月なんだけど、食べることがすごく好きな子だから、俺が作ったら喜んでくれるかなぁって思って」
「彼女のために料理を作ってあげるだなんて、すごくいい人なんだねぇ、風見くん」

　つい自分の恋人と比べてしまい、風見のことを羨望の眼差しで見つめる。

　茉莉花の恋人の正樹(まさき)は、一度も料理をしてくれたことはないし、作った料理を当たり前のように食べるだけで、感想を聞いたことなど一度もなかったのだ。

「えっ、そ、そうかな……？」

　照れた裕翔を可愛いと思ってしまう。老若男女問わずに好かれると友人たちが口にしていたが、彼と話しているとその理由がよくわかる気がした。

「今日のメニューは何かな。覚えて作ってあげたら喜んでくれるはずだよ！」
「うん、そうだといいな……」

　柔らかく笑う彼を見ていると、不思議と心が和むような気持ちになる。

「茉莉花ちゃーん、裕翔くーん、始めましょうー！」

　千佳子先生の声が聞こえ、茉莉花の顔は笑顔になる。

「はーい、今行きまーす！」

　返事をすると、二人はアイランドキッチンがあるリビングに向かった。