知らない明日が来たとしても
◇
金曜二十時過ぎ。
オンライン会議を終え、木崎才佳はイヤホンを取りながら自席で安堵のため息を吐いた。
夕方から始まった企画会議は揉めに揉めて予定より長引いてしまったが、何とか着地点は見えてきた。
椅子に座ったまま、大きく伸びをする。
商品が世に出るまでやることは山積みだが、壁を一つひとつ乗り越えていく達成感は心地良い。
新卒で飲料メーカー『ココロ飲料』に入社し、今は五年目になる。
地方支社で営業を二年担当した後、辞令が出て本社のマーケティング部へ異動になった。
就活中から配属を希望していた念願の部署だったが、地方営業とは全く違った環境に最初は戸惑うことばかりだった。
必死に目の前の仕事をこなす慌ただしい日々を過ごし、最近はようやく任せてもらえる仕事も増え、仕事を楽しむ余裕も出てきた。
忙しいけれど毎日充実していると思う。
特に今は疲れ切ってもいいから、日常を忘れるくらい仕事に没頭していたかった。
『……どうか許してほしい』
不意に先月の記憶が蘇りかけて、才佳は慌てて首を振った。
余計なことを考えないように、後輩からチェックを頼まれていた書類に手を伸ばそうとすると、それを遮るようにデスク上に何かが無造作に置かれた。
「いつまで残るつもりだよ」
「……暁かぁ。びっくりした」
視線を上げると同期の早川暁がそばに立っていた。
流した前髪の隙間から、呆れた目がこちらを見下ろしている。
「最近残業多いだろ。また人事から注意受けるんじゃないか」
「んーきりの良いところまでやってこうと思ったんだけど……」
「……これ別に来週でもいいやつだろ?」
早く帰るぞ、と暁が書類を眺めながら言う。
気が付けばフロア内には二人以外誰もいない。
確かに最近は残業続きで、才佳が最後の一人になることも多かった。
システム上は退勤したことにして事務作業を続けたかったけれど、暁に見つかっては仕方ない。
彼の言う通りチェックしようとした書類は急ぎのものではなかったので、才佳はすごすごと伸ばした手を引っ込めた。