癒やしの小児科医と秘密の契約
4.少しは進んでる
ガッシャーン!

大きな音が病室に響く。ナオくんが癇癪を起こしてニャンコのぬいぐるみを投げつけたのだ。処置カートに置かれていた小物類が吹き飛んで、床に散乱した。

「もうやだ! やりたくない!」

「わかった、わかったから。ほら、危ないよ」

「うるさい! どうせ家には帰れないもん! どうせ死ぬもん!」

叫び声のようなナオくんの怒鳴り声に、バタバタとスタッフが集まってくる。

「ナオくん、どうしたの?」

あれやこれやとなだめてみるものの、一向に収まる気配がない。すぐに佐々木先生も駆けつけてくれたけれど、ナオくんは落ち着くことができずに泣き喚く。

「ナオくん、ほら、佐々木先生が来てくれたよ」

「うるさいうるさい!」

あっと思った時にはもう遅く、ナオくんは左手に付けていた点滴の針を無理やり引っこ抜いてしまった。反射的に伸ばした私の手首を、点滴の針が掠めていく。

やばい、と感じた瞬間――

佐々木先生の左手が私の手を、右手はナオくんの手をぐっと掴んだ。ナオくんの手には点滴の針が握られたままだ。私の手首には、その針でできたと思われる引っかき傷。サーッと血の気が引いていくのがわかる。

「川島さん、針の処置行って」

「あ、す、すみませ……」

「師長、川島さんのことよろしく」

「え、あのっ……」

「早く行く!」

厳しい声に、肩がビクッと震える。険しい顔をした看護師長に手を引かれて、早足で病室を去った。

佐々木先生が怒るのも無理はない。さっき私は、ナオくんの腕に刺さっていた点滴の針を、自分の手首に掠めてしまったのだ。刺さったわけではないから、別に大丈夫だと思った。

でもそうじゃないのだ。点滴の針に限らず、何かしら針が刺さったら、それはインシデントになる。自分の判断で大丈夫と言えるものではない。

「大丈夫? 刺さったのはここだけ?」

「は、はい。すみません」

傷を確認したあとに流水で洗い流し、消毒をする。その後は血液検査が待っている。感染症のリスクを評価し、血液を介して感染する疾患に関して確認する必要があるからだ。
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