癒やしの小児科医と秘密の契約
まるで患者のように手厚く処置を施される。ぐさりと刺さったわけじゃないけれど、インシデントには変わりない。動揺しているのか、自分で処置することも忘れ師長にされるがままだ。情けないことこの上ない。

「さっき、この傷隠そうとしたでしょ」

「あ、……いえ……」

「大した事ないって自己判断はダメだからね。きちんと正直に報告しなさい」

「……はい」

「わかったら血液検査、すぐにいってらっしゃい」

バシンと背中を押される。廊下にはまだナオくんの泣き喚く声が響いていた。

「あっちは何とかするから、気にしなくていいの」

「はい、すみません」

ペコリと頭を下げてから、採血のために小児科を離れた。

その後は自分の引き起こしたインシデントの処理に追われて、仕事どころではなくなった。小児科に戻っても看護師長に個室に呼ばれ、再度指導という名のお説教が待っていた。

いかに自分が情けなかったか、思い知るようだ。

スタッフステーションの隅で報告書の作成をする。ずっと今日のことが頭をグルグルしている。あの時どうすればよかったのか、どんな対応が正解だったのか、考えても答えが出ない。

情けなさと悔しさで胸が潰れそうになる。ナオくんをなだめることができなかったばかりか、針刺し事故を起こすなんて。看護師長には叱られるし、佐々木先生にもあんな強い口調で――。

あんなに厳しい顔をした先生、初めて見た。
ああ、ダメだ、泣きそう。
必死に涙をこらえながら、報告書を作成する。

ふいに隣のイスが引かれて、誰かが座った。そして目の前に差し出される、お菓子の包み。

「……!」

「チョコパイ食べる? 疲れたときは甘いものだよね」

「……佐々木先生」

ゆっくりと顔を上げると、いつもの穏やかな顔をした先生がいた。
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