シェアオフィスから、恋がはじまる〜冴えない私と馴染めない彼〜
 理恵さんは分が悪いと感じたらしい。投げやりな調子で言った。

「分かったわよ。商談は一緒に行きましょう。そして、もう咲希ちゃんには仕事を発注しないわ。後悔しても遅いわよ」

「工藤さんを失って、後悔するのはあなたじゃないのか」

 きっぱりと言い放つ斉木さん。彼の優しさに胸がいっぱいになる。
 理恵さんはフンと鼻を鳴らすと、荷物を(まと)めて無言で立ち去った。

「想像以上にヘビーな先輩だったな。大丈夫か?」

 心配そうに私を見る斉木さんに、涙が出そうになる。気付かれないように瞬きをしてから、私は頭を下げた。

「斉木さん、ありがとうございます。あなたがいなかったら、私はまた理恵さんの言いなりになるところでした」

「いや、礼は要らない。君はあの女に恩があるようだから、それを利用されたんだろう。一人では気付けなくて当然だ」

 素っ気ない口調だけど、その言葉には優しさが詰まっている。
 初めて会った時も、理恵さんの無茶を聞き入れようと焦っていた私に、アドバイスをしてくれた。
 冷たい印象だから誤解されやすいけど、本当は相手のことを思いやれる人なんだ。

「それと、フリーランス新法をよくご存知でしたね。斉木さんは会社員なのに」

「ああ、俺もフリーランスの働き方に少し興味があったからな。あの法律を知った時に、工藤さんの役にも立つと思った。まさか、先輩本人と話すことになるとはな」

「本当に助かりました。私なんて、フリーランスの知識も仕事もまだまだで」

 情けないな、私。フリーランスなのに、忙しさにかまけて法律について調べようともしなかったよ。
 苦笑してみせると、斉木さんは困ったように眉を下げた。

「いや、俺は君にそんな顔をさせたいわけじゃないんだ」

「?」
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