シェアオフィスから、恋がはじまる〜冴えない私と馴染めない彼〜
「さすがに、今すぐにそこまで対応するのは難しいです」

 男性は穏やかな口調で断りを入れた。何度か相槌を打った後、

「明日の午後まで待ってもらえれば、いくつか改善案をお出しできるんですが」

 やんわりと自分の希望を通そうとする。
 その後は専門的な話になったから、私にはよく分からなかった。けれど、男性の提案に先方は同意しているみたい。
 そっか、彼が私に言いたかったのは、こういうことなんだ。
 お互いが気持ちよく働くためには、相手の言いなりになっちゃいけないんだね。

「はい、ではまた明日に連絡します。失礼します」

 電話を切る男性に、私は駆け寄っていた。

「あの!」

「あ、君はさっきの……」

 私の姿を認めて、ちょっと目を見開く彼に頭を下げる。

「すみません、勝手に電話の内容を聞いてしまって。でも、おかげで、あなたが言っていた『主体的に動く』方法が、よく分かりました」

「俺は大したことは言ってないが。今も、あの時も」

 仏頂面の男性に、私は「いえいえ」と首を横に振る。

「私、社会人としてまだまだ未熟だなって痛感しましたよ。あなたが仕事に取り組む姿勢、とても素敵で勉強になりました!」

 笑顔で本心を告げると、男性は無言で目をしばたたかせた。
 そして、

「……それは過大評価だ」

 気まずそうな顔を隠すようにして、私の脇をすり抜けて去って行った。

「?」

 去り際、彼の顔がうっすら赤くなっているのが見えて――。
 私は一つの結論に思い至る。
 男性の姿が見えなくなってから、ぽつりと呟いた。

「もしかして、照れちゃったのかな?」

 クールに見えるけど、本当はいい人なのかもしれない。
 その日以来、私は名前も知らない彼が気になるようになった。
< 5 / 24 >

この作品をシェア

pagetop