冷たい瞳の彼と、約束された未来

第六章 距離の縮まり

 あの夜の出来事から数日。
 悠真は変わらず忙しいはずなのに、毎日欠かさず私に連絡をくれるようになった。
 「帰りは何時だ」「迎えに行く」――短い言葉ばかりだけれど、その一つ一つが、胸の奥に小さな温もりを灯す。

 その日の午後、父の会社に顔を出すと、受付に悠真の姿があった。
 「……どうしたの?」
 「近くまで来たから、送ろうと思って」
 彼の声は相変わらず低く抑えられているけれど、どこか柔らかい。
 車の中で、わずかに開いた窓から春の風が入り込み、頬を撫でた。

 「……ありがとう。なんだか、前より優しくなった気がする」
 つい口にしてしまった言葉に、悠真はほんの一瞬だけ視線を逸らし、ハンドルを握る手に力を込めた。
 「そうか」
 それだけの返事なのに、なぜか耳の奥が熱くなる。

 

 その翌日、私は偶然にも玲奈と再会した。
 カフェのテラス席で書類を広げていた彼女は、私を見つけると穏やかな笑みを浮かべる。
 「彩花さん。……この前の件、聞きました。悠真がすぐに駆けつけたとか」

 私は曖昧に頷く。すると玲奈はカップを口元に運びながら、さらりと言った。
 「彼、ああ見えて責任感は強いから。誰かを守ることにためらわない……でも、それは恋愛感情とは別の話よ」

 胸の奥が、きゅうっと痛む。
 玲奈は続ける。
 「仕事仲間としての絆は深いけど、恋人としては……ね。彼、昔からそういう面は希薄だったから」

 冗談めかして笑うその声が、やけに冷たく響く。
 私は笑みを返しながらも、心の奥に沈んでいた不安がまた顔を出すのを感じていた。

 ――あの夜の抱擁は、私だからではなく、ただ守るべき対象だったから?
 考えたくないのに、玲奈の言葉が耳の奥で何度も繰り返された。
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