優しい先輩
おかしい先輩
──おかしい。絶対おかしい。
入社して二週間、ルーティン作業にも慣れてきた。月末の仕事はまだ教えられていないのでわりと時間に余裕のある毎日を送っている。それはいいのだが、森の優しさがいまだ天井から下がってこないのだ。
てっきり慣れたら塩対応になってくるのだと思っていた。他の人の対応を見る限り冷たい人ではなさそうだが、どうにも萌にはその倍は優しい気がする。
これはきっと何か理由があるにちがいない。自分に優しくしておけば社内での評価が上がるとか、萌が幹部の親戚だと勘違いされているとか。
──だって、こんな小娘一人のご機嫌取ったって何にもならない。
なんだか怖くなってきた萌は森を観察することにした。
後を付けるのはバレた時に言い訳ができないので、ひとまず目線で追い、森と社員との会話に聞き耳を立てた。
「営業が申請書ギリギリに提出すると、管理部が困るんですよ。定時過ぎて自分の仕事は終わっているのに、それ待ちで帰れないこともあります。上長からしっかり指示してください」
「ああ、ごめんね。言っておくよ」
ちょうど営業課長が来ていて森に注意されていた。自分より上の立場の人間にも物怖じせず伝えている。今日だけではなく、決まりを守らない社員には相手が誰であろうと遠慮しない印象だった。
課内ではわりと穏やかだが、それでもミスを見つけたらその場で言う。初日からの印象とはだいぶ変わってきた。だが、萌への態度は初日のままだ。観察したことでもっと森のことが分からなくなってきた。
「どうしたの、皆本ちゃん」
「坂宮さん」
昼休み、森がいなくなったところで坂宮が話しかけてきた。心なしか嬉しそうだ。
「何か気になることがある? 森君とか森君とか」
「選択肢無いじゃないですか」
「いやぁ、ごめん」
豪快に笑う坂宮さんはさっぱりした性格で、今悩んでいることも気楽に相談できそうだった。
「あの、他の場所でもいいですか?」
「そうだね。トイレ行こ!」
坂宮に連れられ、トイレに行く。途中で給湯室をちらりと横目見るが、誰もいなかった。萌は声を潜めて言った。
「森さんのことなんですけど」
「うんうん」
「もう入社して二週間経ったのに、まだ私に優しくしてくれるのってなんでだろうと思って」
「うんうん、うん?」
満面の笑みで聞いていた坂宮がそのままの顔で首を傾げた。
「え、相談ってそっち? 皆本ちゃんが森君ラブではなく?」
「いやいや、そんな」
両手を振って否定すると、坂宮はあからさまにがっかりした。
「なんかすみません」
「いや、こっちが勘違いしただけだから謝らないで。でも、そっかぁ。昨日から森君のことよく見てるし、てっきり両想いなのかなと思ったから」
「え、りょう、え!?」
「あ、多分ね。森君から聞いたわけじゃないけど、皆本ちゃんが言っているとおり、森君皆本ちゃんに優しいでしょ。理由はそういうことだと思う」
「えええ!」
萌は手で口元を隠しながら、大声が出ないように叫んだ。優しいとは思っていたが、まさかそういうことだとは思いもしなかった。しかし、まだこれは坂宮の想像なだけ。電話のこともある。全然違う理由かもしれない。
「でも、皆本ちゃんの視線が勘違いだったから、私の予想は信用しないでね。そう思ったよってことで」
「はい。期待しないでおきます」
「えってことは、まんざらでもない感じ?」
再度嬉しそうにくいついてくる坂宮だったが、昼休みが終わる時間になり部屋へ戻ることになった。先に戻っていた森はもうパソコンと向かい合っている。坂宮の方を見るとウインクされた。萌は曖昧に笑いながら席に着いた。
心臓を速くさせながら仕事をこなしていく。午前中と今で二人の関係は変わっていない。気にしなければいいだけの話だ。頭では理解している。しかし、心臓はなかなか言うことをきいてくれなかった。
──しかも、今日は私の歓迎会だし。
あと六時間もすれば、会社近くの居酒屋で歓迎会が行われる。課のメンバー全員参加してくれるらしい。忙しいプライベートの時間を使って自分の為に集まってくれるので嬉しい限りだが、先ほどの話を聞いた後では事情が変わってくる。
──どう和やかに終わってくれますように。
入社して二週間、ルーティン作業にも慣れてきた。月末の仕事はまだ教えられていないのでわりと時間に余裕のある毎日を送っている。それはいいのだが、森の優しさがいまだ天井から下がってこないのだ。
てっきり慣れたら塩対応になってくるのだと思っていた。他の人の対応を見る限り冷たい人ではなさそうだが、どうにも萌にはその倍は優しい気がする。
これはきっと何か理由があるにちがいない。自分に優しくしておけば社内での評価が上がるとか、萌が幹部の親戚だと勘違いされているとか。
──だって、こんな小娘一人のご機嫌取ったって何にもならない。
なんだか怖くなってきた萌は森を観察することにした。
後を付けるのはバレた時に言い訳ができないので、ひとまず目線で追い、森と社員との会話に聞き耳を立てた。
「営業が申請書ギリギリに提出すると、管理部が困るんですよ。定時過ぎて自分の仕事は終わっているのに、それ待ちで帰れないこともあります。上長からしっかり指示してください」
「ああ、ごめんね。言っておくよ」
ちょうど営業課長が来ていて森に注意されていた。自分より上の立場の人間にも物怖じせず伝えている。今日だけではなく、決まりを守らない社員には相手が誰であろうと遠慮しない印象だった。
課内ではわりと穏やかだが、それでもミスを見つけたらその場で言う。初日からの印象とはだいぶ変わってきた。だが、萌への態度は初日のままだ。観察したことでもっと森のことが分からなくなってきた。
「どうしたの、皆本ちゃん」
「坂宮さん」
昼休み、森がいなくなったところで坂宮が話しかけてきた。心なしか嬉しそうだ。
「何か気になることがある? 森君とか森君とか」
「選択肢無いじゃないですか」
「いやぁ、ごめん」
豪快に笑う坂宮さんはさっぱりした性格で、今悩んでいることも気楽に相談できそうだった。
「あの、他の場所でもいいですか?」
「そうだね。トイレ行こ!」
坂宮に連れられ、トイレに行く。途中で給湯室をちらりと横目見るが、誰もいなかった。萌は声を潜めて言った。
「森さんのことなんですけど」
「うんうん」
「もう入社して二週間経ったのに、まだ私に優しくしてくれるのってなんでだろうと思って」
「うんうん、うん?」
満面の笑みで聞いていた坂宮がそのままの顔で首を傾げた。
「え、相談ってそっち? 皆本ちゃんが森君ラブではなく?」
「いやいや、そんな」
両手を振って否定すると、坂宮はあからさまにがっかりした。
「なんかすみません」
「いや、こっちが勘違いしただけだから謝らないで。でも、そっかぁ。昨日から森君のことよく見てるし、てっきり両想いなのかなと思ったから」
「え、りょう、え!?」
「あ、多分ね。森君から聞いたわけじゃないけど、皆本ちゃんが言っているとおり、森君皆本ちゃんに優しいでしょ。理由はそういうことだと思う」
「えええ!」
萌は手で口元を隠しながら、大声が出ないように叫んだ。優しいとは思っていたが、まさかそういうことだとは思いもしなかった。しかし、まだこれは坂宮の想像なだけ。電話のこともある。全然違う理由かもしれない。
「でも、皆本ちゃんの視線が勘違いだったから、私の予想は信用しないでね。そう思ったよってことで」
「はい。期待しないでおきます」
「えってことは、まんざらでもない感じ?」
再度嬉しそうにくいついてくる坂宮だったが、昼休みが終わる時間になり部屋へ戻ることになった。先に戻っていた森はもうパソコンと向かい合っている。坂宮の方を見るとウインクされた。萌は曖昧に笑いながら席に着いた。
心臓を速くさせながら仕事をこなしていく。午前中と今で二人の関係は変わっていない。気にしなければいいだけの話だ。頭では理解している。しかし、心臓はなかなか言うことをきいてくれなかった。
──しかも、今日は私の歓迎会だし。
あと六時間もすれば、会社近くの居酒屋で歓迎会が行われる。課のメンバー全員参加してくれるらしい。忙しいプライベートの時間を使って自分の為に集まってくれるので嬉しい限りだが、先ほどの話を聞いた後では事情が変わってくる。
──どう和やかに終わってくれますように。