甘やかな契約婚 〜大富豪の旦那様はみりん屋の娘を溺愛する〜
この選択が正しかったかどうかは分からない。だが、少なくとも、今は前に進むしかない。
そのとき、ふとキッチンに目をやると、整然と並べられた調理器具が視界に入った。最新式のオーブンや電子レンジの隣に、使い込まれた包丁が一本、静かに置かれている。
──大富豪の暮らしに、なぜこんなものが?
疑問が胸に浮かび、私はそっとその包丁を手に取った。刃こぼれひとつない、丁寧に研がれた跡がある。柄には、使い込まれたことで生じた細かな傷が刻まれているが、それが逆に愛着を感じさせた。
この包丁は、誰かが大切に使ってきた証だ。思わず胸が高鳴った。
周寧の冷たい表情、事務的な態度、鋭い言葉。意外だと思った。
彼は、ただの冷酷な実業家ではないのかもしれない。料理をするのだろうか? それとも、誰かのためにこの包丁を手に取るのだろうか?
私は、キッチンのカウンターに腰を下ろした。
蔵の土間とは違う、冷たく滑らかな大理石の感触。だが、この包丁の温もりが、なぜか私の心を少しだけ軽くした。
夜景の向こうで、星が一つ、瞬いた。
この新しい生活の中で、私は何を見つけるのだろう。
周寧の心の奥に隠されたもの、そして、私自身の未来を。