甘やかな契約婚 〜大富豪の旦那様はみりん屋の娘を溺愛する〜
「妻、なのに……」
その夜、眠れないままベッドの中で何度も寝返りを打った後、私はリビングへと足を向けた。暗い部屋に一人でいるのが耐えられず、ただ動きたかった。
スリッパの音が、静寂の中でやけに大きく響く。ふと、キッチンの方からほのかな光が漏れているのに気づいた。
こんな時間に、誰……?
心臓が小さく跳ねた。このマンションには、私と彼しかいない。まさか、彼がまだ起きている?
それとも、誰か別の人が? 不安と好奇心が入り混じり、足音を忍ばせてキッチンに近づく。
そっと覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
普段は冷徹そのものの彼が、エプロンを身に着けて使い込まれた包丁を手に、まな板に向かっている。
……彼が、料理?
思わず声が出そうになり、慌てて口を押さえた。
切れ長の瞳を細め、真剣な表情で野菜を刻む彼の横顔は、ニュースや経済誌で見る「若き獅子」とは別人のようだった。
そこにいるのは、大富豪でも冷酷な経営者でもない……ただの料理好きな男子のようだ。