皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
 いつもと同じ朝だけれど、私たち二人の間には昨日までとは違う、特別な空気が流れている。それが嬉しくて、私は思わず頬が緩んでしまっていた。

 私達が言葉を交わしていると、周りの社員がちらちらとこちらを見ているのが分かった。勘の鋭い人はもしかしたら、前日までの私達との違いに気がついているのかもしれない。
 そんな事を考えていると、その空気を破るようにカツカツと甲高いヒールの音が聞こえてきた。視界の端を捉えたのは橘さくらだった。その手には書類が握られている。そしてこちらをちらりと一瞥すると、近くにいた同期の課員と小声で何かを話し始めた。

「――全くさあ、業務の話をしたくて待ってる人もいるっていうのに、何時まで幸崎さんを掴まえて無駄話するつもりなのかしらね」

 聞こえてきた甘い声色は、どこか辛辣な響きを含んでいた。

「相手の迷惑も考えずに必要以上に話しかけて引き留めるなんて、空気読めないし、社会人としてどうかと思うよね。本当、何のアピールか知らないけど必死すぎて笑っちゃう」

 それは明らかに私に対する当てこすりだった。

「そんな……」

 いくらなんでも酷すぎる。そう言いかけるのと幸崎さんが私の前に一歩踏み込んだのはほとんど同時のことだった。

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