皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
「ち、違うんです!私はただ、佐倉さんと……」
「あのさ。俺と佐倉さんの関係に、口出ししないでくれるかな?」

 幸崎さんは一歩前に進み出ると、私を背中に隠すようにして、橘さんに言い放った。

「それとね橘さん。さっきから『自分と同じ名前』だって言ってるけど、心配しなくても遠くない将来、佐倉さんは違う苗字になると思うから大丈夫だよ。そしたら同じじゃなくなるからね」
「は……?」
「例えばそうだなあ――『幸崎美和』、とかね?」
「――――!!」
 
 彼女は、悔しそうに唇を噛み締める。

「とにかく俺にとって『じゃない』のは、佐倉さんじゃなくて君の方だから」

 幸崎さんが最後に投げかけたのは、辛辣の一言につきる言葉だった。彼女は私ををキッと睨みつけると、そのまま非常階段を駆け降りていった。

「――もう大丈夫。怖かったよね。見つけるのが遅くなってごめんね」
 
 幸崎さんは、そっと私の肩を抱き寄せ、安心させるように優しく頭を撫でてくれた。服越しに伝わってくる彼の鼓動は早鐘のようだった。
 
「来てくれて嬉しかったです。ありがとう」

 私は、もう「じゃない方の佐倉」ではなかった。幸崎さんに愛されている「佐倉美和」という存在だ。そして幸崎さんの隣に胸を張って立つことができる、彼だけの特別な存在なのだった。

< 38 / 42 >

この作品をシェア

pagetop