皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
 翌朝、私はいつもより早く会社に着いた。鏡の前で何度も練習したメイクと、初めて袖を通す戦闘服は淡いブルーのブラウスだ。
 顔色が明るく見えるこの色は、あれから雪とファッションフロアを散策して一緒に選んだものだった。軽やかなシフォン素材は、まるで私の気持ちそのものだ。ほんの少しの勇気と前向きさを胸に、私は幸崎さんのデスクへと歩み寄った。

「幸崎さん、おはようございます!」

 緊張しながらも、弾む声で挨拶をする。けれど幸崎さんの反応は私の思い描いていた反応とは異なったものだった。

「あ、うん。おはよう……」

 パソコンに向かったまま、小さく返事をしたきりこちらを見ようとしてくれない。
 
「あの、今日は急ぎの案件はありますか?」
「えっと、今日……は大丈夫。特にないかな」
 
 再び声をかけてみると、幸崎さんはわずかに視線を揺らすも、すぐに再びモニターへと戻してしまう。その声はどこか居心地が悪そうでもあった。

(あれ……?)

 こんな幸崎さんは珍しい。何かあったのだろうか。
 
「あ、じゃあ……失礼します」

 これ以上話しかける勇気もなく、私は静かに踵を返した。

「あれ、佐倉さん?今日はいつもと感じが違うね!服も似合ってるよ」
「え?あ、ありがとうございます」
「もしかしてメイクも変えた?雰囲気変わったね」

 自席に戻ろうとすると、あちこちから声を掛けられる。こんな会話は初めてのことでドギマギしながら返事をしていると、「お前らそろそろ就業時間になるぞ!」と厳しい声がフロアに響き渡る。
 びっくりして振り返ると、こちらの方を睨みつけていたのは幸崎さんだった。

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