境界線の撫で方【弁護士×離婚届】

終章 扉のむこう

季節がひとつ、薄く進んだ。
キャンペーンは定着し、「ここまで、ありがとう。戻りたくなったら、いつでも」の画面は、社内で“両開き”と呼ばれるようになった。
公共の掲示にも、小さな余白。傘、名札、白いマグ。恋愛の温度に寄せない体温が、街のどこかで誰かを守っている。

旧姓の名刺は、角が柔らかくなって束の高さが減った。
私は今日も一枚、必要な相手にだけ手渡す。薄いほど重い紙だと知っているから、無駄にしない。

御園生とは、相変わらず“職権内のやさしさ”と“時々の越境”でやり取りを続けている。
雨が来れば傘の幅を分け合い、紙の角が浮けば指し示す。
撫でる手は、あの日の一度きり——合図の上にだけ、置かれたまま、物語の背表紙になった。

玄関の灯りは、少しやさしい色で点く。
靴を揃え、いつもより中央に置く。
テーブルには白いマグ。湯気が「おかえり」と言う。

手帳の最後のページを開き、私は一行を書く。

——撫でる手の先で、私になり、隣の手で、私たちになる。

ページを閉じると、静かな音がした。
両開きのドアが、またひとつ向こう側へと開く音に、とてもよく似ていた。
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本番五分前、僕は「直してもいいですか?」と訊いた。 無断で直せるのに――彼女は境界線を大切にする人だから。 制作会社の年下スタッフである「僕」と、司会兼広報の彼女。 現場の細部を「許可」とともに整えるたび、ふたりの距離は半歩ずつ近づく。 一方で、彼女のまわりには距離を守る片想いの面々――高校の先輩で社労士、行きつけのオーナーシェフ、父の教え子の記者、実家の寺の若住職、そして初恋の建築士。誰も手を出さないまま、それぞれのやり方で「隣」を見つめている。 再開発で生まれ変わる中庭には、設計士が置いたベンチ。掲示には「隣に座る前に、目で合図を」の一文。 直す前に「許可」を、触れる前に「合図」を――大人の恋は、礼儀から始まる。 静かに燃える隠れ溺愛×社会人純愛。 仕事も恋も、奪わずに整える。 最後に僕が選ぶ言葉は、たぶんいつもと同じだ――「座っても、いいですか?」

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