冷徹御曹司は誤解を愛に変えるまで離さない

第六章 すれ違いの頂点


 土曜の午後。
 柏木さんとの待ち合わせは、街の中心にあるガラス張りのカフェだった。
 人通りの多い明るい場所──だからこそ、颯真が現れるなんて想像もしていなかった。

「橘さん、ここのケーキ、美味しいらしいですよ」

「そうなんですか? じゃあ、せっかくだし──」

 その瞬間、背後から冷たい声が降ってきた。

「……楽しそうだな」

 ぞくりと背筋が震えた。
 振り向けば、ダークスーツ姿の颯真が立っていた。
 その瞳は、柏木さんを射抜くように鋭い。

「一ノ瀬副社長……」

「彼女は俺と帰る」

 有無を言わせぬ声と同時に、私の手首が掴まれた。
 柏木さんが「え?」と目を瞬かせる。

「ま、待ってください。今、仕事の話を──」

「聞く必要はない」

 淡々と断ち切る声。
 けれどその奥に、抑え込んだ苛立ちが滲んでいた。

「颯真、やめて! まだ話の途中なの!」

「途中で終わらせればいい」

 柏木さんが気まずそうに「また職場で」と小さく頭を下げ、席を立った。
 残されたのは、私と颯真だけ。



 外に出るなり、私は腕を振り払った。

「……何なの? どうして邪魔するの?」

「邪魔じゃない。必要だからだ」

「必要って……婚約者だから、でしょ?」

「ああ。……それに」

 言葉が途切れる。
 睨みつけるように視線を合わせると、低く押し殺した声が落ちてきた。

「他の男と笑うお前なんて、見たくない」

 胸の奥がずきりと痛む。
 でも、その痛みを素直に受け取ることができない。
 ──どうせ義務感。
 体面を守るためだけ。

「……だったら、いっそ距離を置きましょう」

 口にしてから、自分でも驚くほど声が冷たかった。
 颯真の表情がわずかに揺れる。

「……距離を置く?」

「ええ。少し、考えたいの」

 それ以上、彼は何も言わなかった。



 翌週。
 上司から海外支社への短期出張の話が舞い込んだ。
 今の私にとって、それは願ってもない“逃げ道”だった。

「行かせてください。現地で学べることも多いはずです」

 上司の了承を得て、出発までの準備を進める。
 颯真には前日の夜、簡単なメッセージだけ送った。
 返事はなかった。



 出発当日、空港。
 搭乗ゲートに向かおうとしたその時、背後から低い声が響いた。

「……逃げるつもりか」

 振り返ると、颯真が立っていた。
 スーツ姿のまま、真っ直ぐに私を見ている。
 その瞳は、いつもより熱を帯びていた。

「逃げるわけじゃない。ただ……離れたいの」

「俺は離さない」

 短い言葉なのに、妙に胸を締めつけた。
 でも、私はその視線から目を逸らし、背を向けた。

 ──この距離が、二人の心を修復不能にするのか。
 それとも──。
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