むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~
第一章 寝言の強制力で結婚しました

Sideシリウス~寝言で求婚されたんだが~



ローザニア王国。
 自然豊かなこの国は、精霊が守る国として平和を築いて来た。
 暖かな日差しに色とりどりの花々が咲き誇る暖季は、鳥たちを大空へと誘うと共に、人を眠りにも誘うようで……。

「ふへ……むにゃむにゃ……パンケーキらぁ~」
「…………」

 ローザニア騎士団の副騎士団長である私、シリウス・カルバンは考えていた。
 ソファでのんびりとヨダレを垂らしながら平和ボケした寝言を口にする幼なじみをどうすべきか。

 あぁ……またこんなところで無防備に……。

 ──私の幼なじみであるセレンシア・ピエラは無防備すぎる。
 天然、というか、ぼーっとしているというか……何にしても、目が離せない危なっかしさをもつ伯爵令嬢だ。

 親同士が学園時代からの親友だった私たちは、公爵家と伯爵家という身分差はあれど、昔はよく一緒に遊んでいた。
 一緒にピクニックに行ったり、川で釣りをしたり、本を読んだりメイドに教えてもらいながらお菓子を作ったり。
 なんなら一緒に風呂にも入ったし、一緒に寝たことだってある。
 さすがに小さい頃の話だけれど。

 だが成長するにつれて、セレンとの関係は拗れてしまった。
 私が原因で……。

 私はセレンが好きだ。
 幼い頃から彼女だけを想っているし、誰にも渡したくなくてセレンに近づこうとする男を陰で一掃してきたくらい、ただひたすら彼女が好きだ。
 が、こじらせた初恋故か、セレンに対して素直に優しくできず、いつもセレンにだけ素っ気ない態度を取ってしまう。

 そんな態度でいればセレン自身も私に苦手意識をもつのは当然な話で──。

 素直になれないまま、いつしかセレンは私を避けるようになった。
 そして私を苦手なセレンが私を見てくれるはずもないという変な自身の無さが、それならば嫌われたままで良いかという甘えをもたらし、関係はこじれたまま今に至る。

 だが今も時折、ところ構わず眠る彼女を見つけては叩き起こし、小言をお見舞いする。
 そりゃ言いたくもなるだろう。
 今だって無防備に、うちのロビーのソファでぐっすりなのだから。

 彼女のピンクゴールドの綺麗な髪によく映える薄水色のドレス。
 その胸元で、はち切れんばかりにソファに押し付けられている2つの山に思わず目がいきそうになるのを必死で堪え、私は自分のマントを取り外すと彼女の肌が見えないようにそっと上から掛けてやった。

 くそっ、可愛いな……!!
 しかもそのドレスの色は私の目の色だし、何なんだ……!! 意図的か!?
 そう思っていても本人を前にしては何も言えなくなる自分のヘタレさが憎い。
 だがそろそろ起こさねば。

 今は父が趣味で描いた絵画のお披露目に開いたガーデンパーティの最中。
 絵画の紹介が終わればガーデンテラスからホールに来る者もいるだろう。
 こんな可愛いセレンの姿、他の男に見せるわけにはいかない。

 いやそれ以上に、セレンの特別な力の方が危険だ。

 セレンは昔から特別な力を持っている。
 ──【寝言の強制実行】だ。

 彼女の寝言で発せられた言葉には強制力があるのだ。

 セレンの寝言は絶対で、私も騎士団の遠征から帰ってすぐお菓子を作らされたり、女性向け恋愛小説を買いに行かされたり、学生時代は学園の送り迎えもさせられた。
 そして恐ろしいのはこの寝言は誰にでも強制力を発動するということ。

 以前「ケーキ買ってきて……むにゃむにゃ……」という寝言を聞いた、たまたまセレンの居眠り現場に居合わせたこの国の王太子フィル・テスタ・ローザニア殿下は、その強制実行力に抗うことも出来ず、自腹で街までケーキを買いに行ったという。

 このローザニア王国は精霊が作った国で、王族はその精霊の子孫であるとも言われ、その手の甲には精霊の紋様と呼ばれる美しい模様が浮かび上がっている。
 生まれながらにして精霊に愛される王族は、精霊の祝福を与えられ、国を繁栄に導く。まさに絶対的な存在だ。
 
 そんな王太子をもいとも簡単に動かしてしまうほどの強制力を持つ寝言。
 無論、これが公になればセレンの身が危険なので、知るのはセレンの父母と兄と兄嫁、そしてセレンの専属侍女一人と、私、私の両親、王家の人間のみ。
 その力はほぼ国家機密と化している。

 さて、誰か来て犠牲者が出ないうちに、さっさと起こさねば。

 私は1度ふぅ、と息を吐くと、邪な意識を切りかえてから眠る乙女に声をかけた。

「セレン、セレン起きて」
「むにゃ……」
「………」
 起きない、か。
 せっかく人が優しく起こしてるのに……。

 セレンは寝起きが悪い。
 優しく起こしても起きはしない。
 例え起きたとしてもまた寝てしまうのがオチだ。
 はぁ、やっぱりまた、手荒に──「シリウシュ……むにゃむにゃ……」──!?

 今、私の名を?
 シリウシュなんて舌ったらずに……。可愛すぎる……。

「シリウス・カルバン……むにゃ……」
 再び、今度ははっきりと私の名を紡いだその唇から次に紡がれた言葉に、私の人生は大きく変わることになった──。

「むにゃぁ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」

 は──?????



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