むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

女たちの覚悟。そして再会



「──で? ここにきたってことは、孤児院での読み聞かせかい?」
「はい。他家に嫁いだ身としては、以前のように通うわけにもいきませんから、今回の読み聞かせを最後にお別れをするつもりです」
 私が言うと、お兄様は目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

「え、で、でも、この結婚はまだ仮なんだし、その必要は──」
「いいいえ。離縁する予定とはいえ、3年間は嫁いだ身です。それに、今やこの領地はお兄様とお義姉様が継いでいく場所。それをいつまでも私が出しゃばるわけにはいきません」

 これはケジメだ。
 いずれしなければならなかったケジメ。
 むしろ遅すぎたくらいだ。

「そんな……ここは前の領地でもあるんだよ!?」
「ローザニア、待って」
 声を上げたお兄様を、アンネお義姉様が静かに制止した。

「その気持ち、私にはわかるわ。私も嫁ぐ日取りが決まってすぐ、領民へお別れを言ったもの。女はいろいろな覚悟をもって生家を出て嫁いでいくの。そして今度は、嫁ぎ先に自分の居場所を作っていかなければいけない。セレンがその覚悟をしたなら、私たちがとやかく言う必要はないわ。──でもねセレン。ここがあなたの生まれた大切な場所だということには変わりないのだから、いつでも遠慮なく帰ってきたらいいからね」

「お義姉様……」

 元々子爵家のご令嬢だったアンネお義姉様は、昔は身体が弱く、ずっと王都ではなく、田舎の空気の良い領地で暮らしていたと聞いたことがある。
 だから領民は皆家族のようなものなのだと。
 領民への思いも深かっただろうに、どれだけの覚悟をもってここにきてくれたのか……今ならよくわかる。

「アンネ……。そうだね。うん……。俺も少しはセレン離れしないとね。……わかったよ、行っておいで。シリウス殿。セレンを頼んだよ」
「はい、もちろんです」
 シリウスが私の手をそっと握り、お兄様をまっすぐに視線を向けて頷いた。
 その力強い言葉に、胸がきゅっと苦しくなる。

「あぁそうだ。アイリスもつれていくと良い。そろそろ使いから帰る頃だろう」
「まぁアイリスも!? それはぜひっ」

 彼女は私が小さい頃、アイリス王立図書館の前で拾ってきた孤児だ。
 名前はないということから、見つけてきたのがアイリス王立図書館と言うことで、私がアイリスと名付け、それ以来伯爵家で暮らしながらメイドとして働き、侍女になり、私の専属侍女にまでなった、私の唯一の友人ともいえる存在だ。

 そんな彼女は、今は一時的に領地の新人メイドへの教育係として私から離れていて、ここ2か月は私が尋ねてきた時に限って所用で出かけていたりとタイミングが合わず、彼女とは会えないままに王都に帰ることが続いていた。
 久しぶりに彼女に会える、そう思っただけで喜びに顔が緩んでしまう。

「セレン、私といるより嬉しそうだね?」
 嬉々として声を上げた私に、シリウスがむすっと口を引き結ぶ。
「だってアイリスに会いたかったんですも──」
 バンッ──!! 「セレン様!!」

 私の声をさえぎってすごい勢いで扉が開けられ、そこから私と同じくらいの年のお仕着せ姿の娘が飛び込んできた。

「アイリス!!」
「キャー!! セレン様ーっ!! お会いしたかったですセレン様ーっ!!」

 私を見るなりに飛びついて喜びを前面に押し出すアイリスの背に手を回すと、私も再会の喜びをかみしめる。

「私も会いたかったわアイリス!! 二月《ふたつき》ぶりね。元気そうでよかった!!」
 三つ編みに結われた赤毛についた黄色いリボンが視界に入る。
 昔、私が彼女にあげたものだ。
 まだ使ってくれているのね。
 そんな小さな変わらないものに安堵を覚える。

「まるで数年会ってないかのような再会だよね、毎回」
「毎回これなのか……」
 お兄様が苦笑いしてシリウスが頬を引きつらせる。

「むっ。今回は二月《ふたつき》ぶりですもの。感動の再会なのも仕方ないでしょう?」
「そうですそうです!! ──って……あれ? シリウス・カルバン様? セレン様と一緒にこちらへお見えになるなんて珍しいこともあるものですね」

 ようやくシリウスの存在に気づいたアイリスがそう口にして、次にシリウスが発した言葉にアイリスが停止した。

「あぁ。私はセレンの夫になったから、挨拶がてらね」

「………………は?」


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