むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

もしもの願い


「……何で私が向かいなんだ……」
 孤児院へ向かう馬車の中、シリウスが不機嫌そうにそう溢《こぼ》した。

「当然です!! シリウス様は仮の夫なのですから!! お立場はわきまえていただかなくては!!」
 自然な流れで私を膝に乗せようとしたシリウスを見てアイリスが悲鳴を上げ、私の隣を陣取ったのはつい数刻前のこと。

 アイリスに私たちが【寝言の強制力】によって結婚したということを説明した私に、アイリスは愕然として「セレン様が穢れた……!!」と縋り泣いた。
 結局三年白い結婚を貫いて離縁する予定だから、と宥めたけれど、今度はそれを聞いたシリウスが機嫌を悪くしてしまった。……何故?

「私が一体何をしたと……、あぁ、着いたようだな」

 シリウスがぶつぶつとつぶやいたところで馬車が停車した。
 馬車から降りると、白い木造の建物が目の前に現れ、その庭では性別・年齢様々な子供たちが庭で駆け回っている。

 この光景が見られるのも今日で最後か……。
 途端に寂しさがこみあげてくる。
 と、私たちに気づいた子供たちが「セレン様!!」と私の名前を呼び、私は彼らに大きく手を振ると、庭の方へと駆け寄った。


「──セレン様!!」
「いらっしゃいセレン様!!」
「ごきげんよう、アラン、ルジェリ。少し見ない間に大きくなったわね、アゼリア。この間来た時はまだベビーベッドで転がってたのに。もうお座りできるようになったのね」

 庭に入るなりに大勢の子供たちに囲まれた私は、一人一人に笑顔で声をかける。
 アゼリアはまだ0歳の赤ちゃんで寝ているだけだったのに、今はベビーカーに座ってにこにこと辺りを興味深そうに見ている。
 ひと月でこんなに成長するものなのね。
 子どもってすごいわ。

 成長期の子供たちは私が来るたびどの子も大きく成長していて、それを見るのが私の楽しみでもある。

「これはセレン様。陽こそいらっしゃいました」
 院長先生がすぐに出てきて私に挨拶をした。
「ごきげんよう院長先生。突然にごめんなさい。本の読み聞かせに来たのだけれど、その前に少しお話があるの。良いかしら?」
 私の真剣な様子に、院長先生はすぐにうなずき「どうぞこちらへ」と奥の応接室へと私たちを案内した。

 ***

「それで、お話、というのは?」
 応接室のソファにシリウスと並んで腰を下ろすと、院長先生がさっそく切り出した。

「実は私、このシリウス・カルバンと、先日結婚したの」
「結婚ですか!? か、カルバン副騎士団長様と!? そんなまた……急に?」
 突然の私の告白に頭が付いて行かない様子の院長先生に、私はシリウスとアイコンタクトを交わし、今度はシリウスが口を開いた。

「ずっと、セレンと結婚したいと考えていたんだ。私ももう二十歳。副騎士団長という地位にも就いたのだから、そろそろ結婚しろと急かされ、急ではあるが、セレンに結婚を申し込んだんだ」

 なるほど。それほど嘘というわけではない、わね。
 シリウスが結婚に反対の意を示さなかったのは、実際騎士団長に言われていたからでもあるのだし。
 何も知らない院長先生に【寝言の強制力】のことを話すより、こちらの理由にした方が話はスムーズに進みそうだわ。

「突然の報告でごめんなさいね。そういうことだから、ここへ読み聞かせに来るのは今日で最後になるの。どうしても最後に子どもたちにお別れを言いたくて、今日突然お邪魔したの」

 私の言葉を聞き終えた院長先生は、ただ穏やかにほほ笑んだ。
「セレン様。まずはご結婚、おめでとうございます。これまでこの孤児院にお心を砕いてくださったこと、感謝の念に堪えません。……カルバン副騎士団長様、セレン様を、どうぞ幸せにしてくださいませ」
「あぁ、もちろんだ。私のすべてをもって、セレンを幸せにするよ」
 シリウスの言葉に、自然と私の手に力が入る。

 それがシリウスの心からの言葉だったなら、どれだけ幸せだろう。
 そんなにも愛されていたならば、どれだけ──。

 ***

「──そういうわけで、今日で貴方たちに読み聞かせに来るのは最後になるの。皆、今までありがとう。元気でね」
 私の話を、子ども達は涙を浮かべながらもきちんと聞いてくれた。

 我慢しているのがわかるほどに唇をかみしめている子。
 握りこぶしを固く握ってこちらをまっすぐに見つめる子。
 涙をあふれさせながらも必死で耳を傾けてくれる子。

 誰も、私の意思を否定する子はいなかった。

 最後の読み聞かせは【小鳥姫と騎士】。
 私が読み聞かせるのを、子ども達と一緒にシリウスは黙って聞いていた。
 どんな思いでそれを聞いていたのか、私には想像もつかないけれど、もし……、もしもあの時のことを思い出してくれるなら──。

 未練がましくもそんな期待をしながら、私は最後の読み聞かせを終えたのだった。


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