むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

旅先初夜でしょうか!?


 旅先での料理に舌鼓を打ち、私は宿の部屋で、入浴中のシリウスを待つ。

 新婚旅行、かぁ……。
 一応そう、なのよね?
 仮初めとはいえ、今は肩書は夫婦だもの。
 ということはやっぱり……そういうことになったり──?

 い、いや、いやいやいや!!
 駄目よセレンシア!!
 そんな不純な妄想──!!

 第一、三年は白い結婚をして離縁しなきゃならないのよ!?
 シリウスが私なんかとそんな空気になるなんてことありえないけど、私も怪しい空気にならないように十分気を付けないと──!!

 必死に自分自身の邪な感情と戦っていると、シャワールームへ続く扉が小さく音を立てて開き、ガウン姿のシリウスが頭にタオルをかぶせて現れた。

「お、おかえりなさいっ」
「ん? あぁ、ただいま、セレン」

 あぁもう、やめてちょうだい。
 何その色気。
 お母さんそんな色気の出し方なんて教えてないわよ!? って言いたくなるくらい子どもの頃とは違った大人な雰囲気なんですけど。
 ていうか、私にも少し分けてほしい。その色気。

 開いたガウンの胸元からは引き締まった白い胸襟がちらりと見え隠れし、ほのかにシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。

 加えてそのとろけそうなほどに甘い笑みは──反則過ぎる……!!

「シリウス、濡れたままじゃ風邪をひくわよ」
 私は動揺をごまかすようにそう言って、ベッドから腰を上げると、シリウスの頭に手を伸ばし、少しだけ背伸びをしてから、かけられたタオルで彼の髪を拭く。

「ちょ、せ、セレン!?」
「動かないでっ」

 背伸びをしているからバランスがとりにくいし、大人しくしてほしいのだけれど、シリウスがなぜか顔を耳まで赤くしてからふらふらと動くものだから、ついには私の足がもつれてしまった。

「きゃっ!?」
「セレン!!」
 そのままバランスを崩して倒れ込む私を、シリウスの腕が抱きしめ、そのまま私はシリウスと共にベッドへと倒れ込んだ──。

「っ……」
「セレン、大丈──夫……、~~~~~っ!?」

 ふかふかのベッドの上。
 すぐ目と鼻の先には、大好きな人の驚きに目を見開いた顔。
 ベッドの上にシリウスに押し倒されるように倒れ込んだ私は、思考を停止させた。

 あれほどそんな雰囲気にならないように気を付けようとしていた矢先にこれだ。
 我ながら、もっているのかもっていないのか……。

 もうこのまま流されてしまいたい。
【寝言の強制実行】の力で私を好きだと錯覚したシリウスに愛されたまま既成事実でも作って、万が一に力が解けた時も逃げられないよう、深く──深く刻むように愛し合ってしまいたい。

 そんなどうしようもない感情が心の中で渦巻く。

 見上げるとすぐそこには熱を孕んだ瞳で私を見下ろすシリウス。

 あと数センチ。
 数センチで私たちを隔てる線は──。

 ……いや。だめだ。

 こみ上げ渦巻いていた熱が静かに引いていく。

 そんなことをしても苦しむだけだ。
 私も。そしてシリウスも。

 この先一生ものの後悔を背負い、背負わせることになる。

 そんなの──耐えられない。

「ご……ごめんなさいシリウス!! 頭打たなかった!?」
「いや、打ってるのはセレンだし、ベッドの上だから大丈夫でしょ?」

 しまったー!!
 動揺で意味の通らないことを口走ってしまったわ……!!
 羞恥でまた顔に熱がこもっていくのがわかる。

 私が両手で顔を覆い隠すと、上から小さな笑い声が落ちてきた。

「ふふ。セレンはやっぱりセレンだな」
「へ?」
 優しく笑ってゆっくりと私の上から立ち退いたシリウスを、私は間抜けな顔で続いて起き上がる。

「セレン。明日はいよいよシレシアの泉。楽しみだね」
「え、ええ。とっても楽しみだわ」

 まさか生きてシレシアの泉を見られるとは思わなかったから、今からとても楽しみにしている。
 しかも思いを寄せ続ける人と一緒に、だなんて。

「明日こそは魔法使いの手がかりを掴めると良いな。……いや、掴まないとね。必ず──」

 シリウスの鋭い瞳が虚空を睨む。やっぱりシリウスが少し変だ。
 何か切羽詰まっているような……強い焦りを感じる。

「シリウス、どうしたの? なんだかすごくやる気だし……何か焦ってるみたい。何かあった?」
「……いや。別に。ただ、早くセレンに、私の気持ちを信じてもらいたいだけだよ」
「……」

 疑問を抱えながらも、私はそれ以上そのことについて聞くことはなかった。
 いや、聞くことができなかった。

 シリウスに深く立ち入ることで、彼にまた嫌われてしまったら……。
 そんな漠然とした恐れが、私を思いとどまらせる。

 好かれなくてもいい。
 だけど優しいシリウスに慣れてしまった今、また嫌われて冷たくされるのは耐えられる自信が無いから。

 私はそれからただ取り留めない話をしてから、彼の隣で眠りにつくのだった。

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