むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

昨日の敵は今日の友


「──はぁ……」
 ガーデンテラスで刺繍をしながら、つい数分前にしたため息が再び零れる。
 そんな私の肩に、侍女のポプリがストールをかけて気遣わしげに口を開いた。

「二週間、ですわね。旦那様がメレノス島に赴いて」
「えぇ……」

 あれから二週間。
 何の便りもないままに、シリウスは帰ってこない。

 私も、もちろん屋敷の使用人たちも皆心配しているが、私はただのお飾り妻。
 騎士団に進捗を聞きに行くなんて出しゃばる事のできる立場じゃない。

 私はただ、シリウスが無事に返ってくることを祈りながら、ひっそりと待つのみ。

「大丈夫よ。シリウスはすぐに帰ってくるわ」

 そう自分に言い聞かせるように口にしながら、私は刺繡をする手を動かした。

「そうですわね。──ふふ、だいぶ進みましたわね。セレンシア様」
 ポプリが私の手元で刺繍を施され帯いる剣帯を見て笑った。
「えぇ。これならなんとかシリウスの誕生日に間に合いそうだわ」

 不器用な私は刺繍が大の苦手だ。
 何か作っていても、だいたいいつも出来上がるのは当初考えていた模様とは違う、よくわからないものばかり。
 だけど今回は──今回こそ、誕生日にまともな刺繍をしてプレゼントをしたいと、刺繍の名人であるメイリー・ストローグ公爵令嬢に自ら足を運んで頼み込んだ。

 最初は「何であなたなんかに!!」と追い返されもしたけれど、あまりにしつこく通うので、渋々ながらに教えてくれることになったのだ。
 そして今日も──。

「ごきげんよう」
 ツンとした声が響き、ポプリが一歩後ろに控える。

「メイリー様、いらっしゃいませ。本日もどうぞよろしくお願いします」
 私は立ち上がり淑女の礼を取ると、メイリー様はふん、と鼻を鳴らし、私の向かいの席に座った。

「私の居ない間にまた変なアレンジを加えてなどいないでしょうね?」
「ひっ……。え、えぇ、もちろん!! 図面通り作っています!!」

 完成図を想像しながら針を通していった私は、己の具現力の無さを呪った。
 鳥を描こうとしても翼の歪んだ何やらよくわからないモンスターが誕生するし、葉っぱを描こうにも何かになってしまうのだ。

 そこでメイリー様に「想像しながら諦めて、先に図柄を描いてその通りにお縫いなさい」と叱られ、今に至る。

 白い大鳥にセージの葉。
 カルバン公爵家の紋だ。

 どやっとさっきまで刺繍していた剣帯を掲げると、メイリー様の美しい顔が引きつった。

「あ……あなたは……っ!! もうっ!! 私がいない時に新しいところを進めるのは禁止ですわ!!」

「えぇっ!?」

「えぇっ!? ではございませんわっ!! 何ですの!? この海藻もどきは!!」

「あ、それセージの葉で──」

「こんなふにゃふにゃぐにゃぐにゃしたセージの葉なんてどこにありますの!? 目ん玉膿んで沸いてるんじゃありませんこと!?」

「うっ……」
 相変わらず辛辣……!!
 ぐさぐさと刺さるその言葉にダメージを受ける私に、深いため息が落とされた。

「はぁー……仕方ありませんわ。まだ時間がありますもの。セージ部分は糸を抜いてやり直しましょう」

 そうぶつぶつとこぼしながらも、私から剣帯を取り上げると手ずから丁寧に糸を抜いてくれるメイリー様。
 一緒にいて初めてわかった。
 口話悪いしつんけんしているけれど、世話焼きなのだ。彼女は。

「メイリー様、いつもありがとうございます」
「ふんっ。別に、貴女にお礼を言われるほどのことではありませんわ。……それに、これは私の、勝手な贖罪ですもの」

 そうわずかばかり吊り上がった瞳が伏せられる。

「贖罪、ですか?」
 私が首をかしげると、メイリー様はぎゅっと眉間に皺を寄せて小さくうなずいた。

「いつぞや、貴女にひどいことを言ってしまいました。それだけではありませんわ。あなたという人を知らないまま、私は社交界でいらぬ噂をばらまきました」

 あぁ……、図書館でのことかしら?
 噂、というのはおそらく、無理矢理薬でも盛って身体で篭絡したのだとか、弱みに付け込んだのだとか、そういうやつだろう。
 社交の場に出ていない私にまで伝え聞くのだから、よほど広まっているのだと思う。

 まぁ、基本引きこもっている私にも責任はあるのだけれど。
 結婚しても披露宴はおろか式すらしていない。
 しかも突然だ。
 これでは何を言われても仕方がない。

「だけど、私に教えを請おうとする真剣さは、卑怯な女からはかけ離れたものですし、何より、夫のために自分の手で何かを作って差し上げたいと切磋琢磨する姿は、何物にも代えられないものです。間違っていたのは私達の認識。だから、あなたは自信をお持ちなさいな」

「メイリー様……」

 関わってみようとしなければ、私のことを知ってもらうこともなかった。
 もちろん私も、メイリー様のことも知らないままだっただろう。

 変わっていきたい。
 強くなりたい。
 シリウスの傍にいても、おかしくない私になりたい。

 私とメイリー様がどちらからともなく微笑みあった、その時だった。

「奥様!!」

 執事のグラルが息を切らせてガーデンテラスへと飛び込んできた。

「どうしたの? そんなに慌てて」

 いつも落ち着いている彼が珍しい。
 私が尋ねると、呼吸を整えながらも焦ったように言った。

「旦那様が──シリウス様がご帰還されました──!!」

「!!」

 シリウスが……帰って来た──!!






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