むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

不穏な足音



「──で、だ。そろそろいいかい? お二人さん?」
「!!」
 私たちの抱擁を遮った声に我に返った私は、急いでシリウスから身体を離す。

 あらためて部屋の中に視線を移せば、中央の一人掛けソファには王太子殿下がどっしりと座り、こちらを見てニコニコと笑っていた。

 ずっと見られてた……!?
 私はすぐに身を正すと、王太子殿下にカーテシーをした。

「し、失礼いたしました、王太子殿下。いらっしゃいませ」
「はは、いいんだよ、気にしないで。私とセレンシアの仲じゃないか」
 にこやかに言う殿下をシリウスが振り返り「殿下とセレンの仲は他人です」と睨みつけた。

「し、シリウス!!」
 相変わらず不敬な物言いに気が休まらない。

「はっはっは。それだけ元気なら安心だろう。まぁ二人とも、座りなさい。説明すべきことと、紹介すべき人がいる」
 にこやかだった顔が一瞬にして引き締まって、細められた碧眼がソファできょとんとこちらを見ている美女へと向けられた。

 あぁそうだ。
 私も聞かねばならない。
 この美女のこと。
 何故シリウスの腕に絡みついていたのか。
 何故ずっと、その瞳はシリウスに向けられているのか。

 心の中でモヤモヤが渦となって少しずつ大きく育っていく。
『自分はシリウスに嫌われているから……』と諦めて一時には考えられなかった感情。

 嫉妬するよりも諦めて悲しくなる。
 それが今までの私だったというのに。
 寝言の力だとは言え、愛されていると錯覚し、シリウスが自分のものだと思い込んでしまったのだろうか。

 危険だ。
 でも、きっとこのどろどろとした気持ちは、シリウスを愛しているという、ごまかしようのない証拠だ。
 なら私は、それにちゃんと向き合わないといけない。

「そうですね。セレン、おいで」
「え、えぇ」

 シリウスは私の手を引いて、美女の隣ではなく、向かいのソファへと私と共に腰を下ろした。
 その様子に美女が眉を顰める。

 そして私たちの間の一人掛けソファに座る殿下が、私たちが座ったのを待ってから再び口を開いた。

「セレンシア。彼女はロゼ。メレノス島から連れて帰った、娼婦だ」
「しょ──!?」

 しょう……ふ!?
 まさかシリウス、島の娼館に!?

 思わず抜け落ちた表情のままシリウスに視線を向けると、シリウスはすぐにそれに気づいて慌てたように言った。

「ち、違うからね!? 私は今回もこれまでも娼館のお世話になんてなってないしこれからもなるつもりはないからね!?」
「え、あ、そ、そう、なの?」
 すごい迫力で私に力説するシリウスに、思わず身体を引く。

 でもよかった。
 シリウスが心配する私たちをよそに娼館に通っていたのだったら……多分グーで殴ったうえでその綺麗な顔面引っ搔いていたわ。
 危なかった。

 ほっと胸をなでおろす私に、今度はシリウスが心を落ち着けるように深呼吸してから口を開いた。

「実は、抗争自体はすぐに止められたんだ。元々の発端は、管理領であるメレの町だ」
「メレの?」

 シリウスがメレノス島へ赴く前、二人で訪れたあの町。
 メレノス島のことがあって急遽戻らなくてはいけなくなったけれど、まさかあの町が発端だなんて。

「メレノス島はメレの町と同じ領管轄だということは知っているだろう? 領主ローマ伯爵は、メレの町だけでなくメレノス島にも重い税を課していたんだ。もちろん、領地である以上税を納めるのは義務ではあるが、その大きすぎる額と無茶な取り立てに、領民は怒り、メレノス族の怒りを思い知らせようと本土に攻め入ろうと計画したようだ」

 メレの町の取り立てもひどいものだった。
 孤児院への借地料まで取って、領民への還元もなく……。

「代表との話し合いの場を持ち、ローマ伯爵の領地経営能力に難があることを王家に報告し、ひとまずメレの町とメレノス島は、カルバン公爵家が管理するという方向で話はまとまった。その間の納税は停止し、これまで不当に取り上げられた税は国から返還。まずは生活の基盤を整えることを一番にしていく予定だ」

 それを聞いて、私はほっと息をついた。
 これまでずっと無茶な納税で苦しんできたんだ。
 一時でも納税を失くしてくれていれば、少しは負担も減るだろう。
 孤児院の子ども達も、もっといい環境で育っていけるはずだ。

 カルバン公爵家の仕事量は増えるかもしれないけれど、私がしっかりシリウスを支えていこう。

「話し合いも円満に終わってすぐ本土に発つ予定だったんだけれど……宿で、殿下に借りた石が反応してね。その先にいたのが──彼女だった」

 再び美女へと視線を移せば、落ち着いた様子で美女は目をぱちくりとさせた。

「では、あなたが……魔法使い?」

 私の問いかけにもきょとんとして首をかしげるだけの美女に変わって、殿下が口を開いた。

「その可能性は高いが……何分、記憶がないらしいんだ」
「記憶が?」
「うん。島の人によると、十数年前に浜辺に打ち上げられていたそうなんだ。それから働き口もないから、ずっとメレノス島の小さな娼館で働いていたらしい」

 十数年前……。
 確か、メレの町から魔法使いが去ったのも十数年前……!!
 じゃぁやっぱりこの人が?

 身元不明の、魔法使いかもしれない娼婦……。
 ざわり、と心が騒ぐ。

「ただ、石の反応的に、このまま放置しておくわけにもいかないからと、私が指示をして連れて帰らせたんだ」
 王太子殿下の珍しく真剣な表情に、それが嘘ではないということが理解できる。

 なるほど。
 確かに、石が反応して、王太子殿下へも報告が上がったということは、他の騎士もそれを知ったということだ。

 人の口には戸が立てられない。
 魔法使いかもしれないということが広まり、保護することもなく放置していては、彼女にも危険が及ぶ可能性が高い。
 早いうちに保護するに越したことはない。

 だけど次に王太子殿下から発せられた言葉に、私の時が止まることになる。

「そこでだ。しばらくこのカルバン公爵家で彼女を保護してもらうことになった」
「ここで!?」

 思わず大きな声が出てしまった。
 だけど仕方がないだろう。
 そんなこと、予想もしなかったのだから。

「うん。連れてきた責任もあるし、ここでセレンシアと関わることで、無意識にでも何かセレンシアの力に効果が出るんじゃないかと期待して、ね」

 それは……そうだけれど……。
 仮にも未婚の女性を、新婚夫婦の屋敷で預かるだなんて。

 気になるのは彼女のシリウスへの視線。
 あれは……嫌というほど私が見てきた、女性たちのシリウスに向ける目と同じだ。

 だけどこの家の主はシリウスで、提案するのはこの国の王太子殿下だ。
 私がどうこう言える立場ではない。

「……わかりました。よろしくおねがいします」

 こうして美女との、このカルバン公爵家での同居生活が始まった。

 不穏な足音を感じながらも、私は、笑顔を張り付けるしかなかった。

―2章・完―
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