むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

シリウスの気持ち



 ガラガラガラ……と滑車の音に紛れて、耳元ではドクンドクンとやや速めのシリウスの心臓の音が聴こえる。

 彼の匂いも、お供、緊張の中でもとても心地よく感じられて、嬉しくて、そして少しだけ──泣きそうになってしまう。

 そんなんぬくもりに抱かれながら、私は、私たちは互いに何も言葉を交わすことなく、馬車はカルバン公爵家へとたどり着いた。


「──本っ当にすまなかった……っ!!」
「へ?」

 屋敷に返ったシリウスはポプリさんに誰も入らぬようにと見張りを命じると、広間に入り扉を閉めると同時に、私の目の前で跪き、床に額をぴったりと付けるように頭を下げた。

「えっ……と……」

 あれ、これ、異国の本で読んだことがあるわ。
 確か、最大限の謝意を示すという──そう、土下座!!!!

「あの……シリウス? 頭を上げて頂戴。無断でパーティに参加した私も悪かったんだし──」
「違う!!」
「っ!!」

「……セレンの気持ちも考えず、私はセレンを傷つけ続けた。自分の気持ちを出すこともせずに、素っ気ない態度をとり続けてしまった……」
「……」
「成長するにつれて、私は君への接し方がわからなくなって……。その結果、私はセレンの傍に居ながらも素っ気ない態度をとり続け、世間に『私はセレンが嫌いなのにセレンが私に付きまとっている』という、事実とは異なる認識を生んでしまった。セレンはいつも平静を装っていたから、気づくことなくその可能性まで頭が回っていなかった。傷つかないはずはないというのに……」

 平静を装わなければ、外になんて出ることはできなかった。
 人々の目に耐えることはできなかった。
 それでも私がシリウスから離れていけば、そんな目も気にすることはなかっただろうけれど、私はシリウスと離れる選択肢なんてなかったのだから、仕方がない。
 半ば自業自得でもあるのだ。

「ロゼと泉に行ったことも。完全に仕事で訪れている気でいたから、セレンがどう思うかなんて考えることもできなかった……。だけど──普通に考えたら、不誠実だったと思う。いくらセレンのためとはいえ、他の女性と、君が楽しみにしていた場所に行ってしまうだなんて……本当にごめん……」
「ちょっと待って、私のためって?」

 シレシアの泉に行くことが私のためになるの?
 冷静に考えると疑問だらけだ。
 突然必死に魔法使いを探し始めるし、ロゼさんを連れて来て保護するのは良いにしても、迫られても追い出そうとはしなかったもの。

 いつものシリウスならば、女性に優しく親切だとはいえ、しつこく言い寄る女性には容赦がなかった。
 なのにロゼさんは家に置き続け、声をかけては『何か思い出せないか』と尋ね続けていた。
 それは──私の為、なの?

 口から出た私の疑問に、シリウスが眉を寄せて言葉を詰まらせた。

「……それは……」
「……ねぇシリウス。私、ちゃんと知りたいの。あなたが私をどう思っていたのか。何を思って、何をしてきたのか。あなたの本当が知りたいの」

 知らないは不安だ。
 不安というものは、疑心暗鬼を引き起こす。

『シリウスはきっとこう思っているだろう』
 そう自分の中で勝手に決めつけて、疑って……それでは駄目だ。
 私への愛の言葉がこの力のせいだとしても、それ以外のことはせめて真実が知りたい。

「……」
「……」

 しばらくの静寂が広間を支配し、それからシリウスは意を決したように顔を上げ、ゆっくりとその硬く引き結んでいた唇を解いた。

「……セレンの力について、殿下が文献を見つけて来てくれたんだ。それによると、その力が発動し続けると、その者はそのまま眠りにつき、一生目覚めることなく眠り続けることになるというものだったんだ」
「!!」

 一生……眠りに……?
 それって、実質死──っ!?
 思わぬ真実に、私は口元を抑えて息をひそめた。

「いずれ眠りのまま死んでしまうその呪いを解くには、魔法使いによる解呪が必要になるだろうと……。だから私は──」
「魔法使いを探すのに、あんなに焦りを見せていた……?」

 私のために……?
 ロゼさんを追い出したりしなかったのも……?

「セレンを失いたくはなかった。君は私の特別で、大切な人なんだ。ずっと……、子どもの頃から。なのに、素直に接することができず傷つけて、君の【寝言の強制力】のおかげで結婚できたのをいいことに、今更ながらに自分の思いに素直になって……。セレンが混乱するのも、私の思いが信じてもらえないのも無理のない話だ」

「っ……ちょ、ちょっとまって、じゃぁシリウスは……、私の力で結婚することになる前から、ずっと──?」

 今彼は『子どもの頃から』と言った。
 それは、力が発動する前だ。
 それが本当ならば────。

「……あぁ。そんな力なくても、私が唯一、ずっと愛し続けてきたのは──セレン、君だけだよ」
「っ……」

 とろけるような甘い笑顔が私へと向けられる。
 思わず時が止まったように、私はそれから目が離せなくなった。

「セレン、辛い思いをさせてきてごめん。でも、私の思いは、セレンだけにあるから……。私を信じてほしい。これからは必ず、私がセレンを守るから」
「シリウス……」

 真剣な眼差し。
 揺るぎのないそれは、まっすぐに、他でもない私へと向けられている。

 正直、その思いを完全に信じて良いのかは今の私にはわからない。
 もしかしあらこれも私の力が言わせているのかもしれないし。
 だけど……それでも……。

「…………わかった。今、完全にすべてを信じることは難しいけれど……そうね、信じるわ。シリウスのこと。でも返事は──完全に力が消えてからにさせてほしい。今のまま返事をしても、私はあなたをきちんとあなたを信じることのないままに流されただけになってしまう。それは嫌なの」

「……セレン……。うん、わかった。すべてが終わったら、あらためてセレンの気持ちを教えて。それまで待ってる」

 そう言って笑ってから、シリウスはふと私の左頬へとその大きく骨張った手を這わせると、反対側の頬へと軽く口づけた。

「ぴっ!?」
「今はこれで我慢する」

 今は……って……。

 ……私、耐えられるかしら……。


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