野いちご源氏物語 三六 横笛(よこぶえ)
(おんな)(さん)(みや)様がご出家(しゅっけ)なさったすぐあとに、こうして(おんな)()の宮様まで未亡人(みぼうじん)という世間体(せけんてい)の悪いお立場になってしまわれたことで、入道(にゅうどう)上皇(じょうこう)様はがっかりなさっている。
それでも僧侶(そうりょ)が子どものことでくよくよしてはいけないと、無理に我慢していらっしゃるの。
仏教の修行(しゅぎょう)をなさるときには、
<今ごろ女三の宮も修行しているだろう>
とお思いになって、お心のなかで宮様を(はげ)まし、またご自分も励まされるような気がなさる。
同じ出家した者同士ということで、これまでよりも頻繁(ひんぱん)にお手紙のやりとりもしておられるわ。

お寺の近くの林で()れた(たけのこ)や、近くの山で()られた山芋(やまいも)など、山里(やまざと)ならではのめずらしいものをお届けになった。
細々(こまごま)と書かれたお手紙も()えられている。
(かすみ)視界(しかい)の悪い春の野山(のやま)ですが、あなたのために掘らせました。春を知らせる食材ですから少しだけお贈りします。あなたももうこちら側の人ですね。私が歩んでいる極楽(ごくらく)浄土(じょうど)への道をあなたも追いかけていらっしゃい。とても(けわ)しい道だけれど」
最後にそうあるのを涙ぐんでご覧になっているところへ、源氏(げんじ)(きみ)がお越しになった。

めずらしいお届け物に注目なさる。
尼宮(あまみや)様が上皇様からのお手紙を差し出された。
しみじみとお胸を打つお手紙なの。
「自分は今日か明日にも死んでしまいそうだが、もう会うことはできないだろう」ということが(こま)やかに書かれている。
お手紙の最後の僧侶らしいお言葉のあたりは、
<それらしくお書きになっただけではなく、ご本心からそうお思いなのだろう。後見(こうけん)役として信頼していた私にまで裏切られたようにお思いになって、ますます宮様のご将来を心配なさっているのだ。恐れ多く申し訳ない>

尼宮様は源氏の君に見られないようにお返事をお書きになる。
()(そん)じなさった紙を源氏の君は拾われた。
「この苦しみから離れるために、私も父君(ちちぎみ)のように山のお寺に入りとうございます」
(はかな)いご筆跡(ひっせき)で書かれているのをご覧になって、尼宮様におっしゃる。
「ただでさえご心配なさっているのに、このようにお書きになっては上皇様はよけいに気になってしまわれるでしょう。精一杯お世話している私としても心外(しんがい)ですよ」

ご出家なさってから、尼宮様は源氏の君にもついたて越しに会おうとなさる。
(ひたい)のあたりのお(ぐし)やお顔立ちのかわいらしさは、あいかわらず幼女のように可憐(かれん)でいらっしゃる。
<それを(あま)にしてしまったのは私の責任だ>
と源氏の君はお思いになって、そっけなくはないようにお(あつか)いなさる。
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