猫のキミと暮らせば

十五、さくら


「さおちゃん、猫のキミにお手伝いしてほしいことがあるんだけど。」

 僕はふと思いつきでさおちゃんにこんな提案をしたんだ。

「猫のキミをデイサービスに連れて行こうと思うんだ。いわゆるアニマルセラピーってやつさ。」

「は?」

「だから、猫のキミの力を借りて、お年寄りに癒しを与えられるかどうかって思ってさ。」

「ふ~ん。ねぇキミ、やってみる?」

 猫のキミを見ると、おとなしく座って話を聞いているみたいだった。

「猫のキミさま、猫君様。
 どうかよろしくお頼み申す。」

 そう拝むようにキミに頼んでみた。

「お仕事なら、何か報酬はあるのかな?」

 さおちゃんが意地悪を言う。

「でも、本当に癒しを与えてくれたら、職員としては助かるなぁ。」

 キミをちらちら見ながら、

「一日猫缶一缶でどうよ。」

「え、本職の猫様にお願い申すには、もう少し貢物が欲しいよねぇ、キミ。」

 さおちゃんとキミは結託して僕を困らせる。

「よし、一日三缶でどうでしょう?」

「それならお昼のミルクとカリカリはうちにあるのを用意して、それでいいよね?」

 さおちゃんはキミに同意をとったようで、すっかり乗り気だ。

「それじゃ契約成立。早速明日迎えに来ます。」

「私、明日は始発で東京なの。
 だからキミの支度をしておくから、朝連れて行ってね。
 もちろん母さんには話をしておくから。」
 
 そういうと、明日の持ち物をリュックに詰めている。

「猫君殿、明日はデビューですぞ、どうかよろしくお願い申します。」

 と、わけのわからない日本語でキミにあいさつをした。


 女房はこの春から週に三日、東京という都に宮仕えに行くという。
 そのため我は女房が都へ行く間、修氏とともにデイサービスなる長老の茶会に招かれるようになった。
 
 なんでも動物と触れ合うことで癒しの効果があるとのこと。 
 毎回長老たちのもとへ参り、とにかく撫でられていればよいとのことだった。
 
 初めに手足をふく。まあ、屋敷に上がるのだから当然であろう。
 しかしそのあとのドライヤーなる機械で風を起こすものは、ぶぅおーっと音を立てて、われに向かってくる。
 目を開けていられないほどの攻撃を受け、
 「ふぅっ」と威嚇してみた。

 しかし今度は修氏が手袋をした手で撫でてくる。
 心地よさに思わず眼を細くしていると、
 「とれた」といって、手袋についた我の毛をまとめてゴミ箱に入れているのだ。

 これは茶会に出るたびに行われる作法のようなものであろう。
 
 それからようやく自由に歩き回ること許され、茶会の会場を見て回る。
 するとどこからともなく手が伸びてきて、我を持ち上げ、耳の後ろあたりを頬ずりしながら、「かわいい~。」と日に三度は言われた。

 ほどなくして茶会に参集する長老たちがやって来た。
 口々に挨拶を交わし、互いの達者を喜び合っていた。
 それぞれの席に着き、まずは茶がふるまわれ、思い思いに語らいながら茶をすする。

 女官たちが長老に話しかけ、体温計や血圧計を用いて今日の調子をうかがう。
 それらはしばらくすると小鳥の鳴くような声でさえずり、それ等を合図に女官たちが回収し、書付をしている。
 
 皆がそろったところで、健康維持のために行う体操が始まる。
 
 やがて軽妙な楽が流れ、長老たちはそれぞれに歌に合わせて舞を踊るのである。
 いち・にー・さん・しと女官たちが掛け声をかける中、公達の身振りに合わせて体を動かしている。
 
 ふと外を見ると、一人窓際に腰掛け、独り言を言う老婆に会った。
 のちに聞いたことだが、名を『信』という。
 「おしんさん」と呼ばれていた。

 三年ほど前に夫を送り、一人で住んでいるそうだ。
 我はおしんに近づき、まずは挨拶をした。

「おや、猫君様、お達者そうで何よりです。」

 我は驚いた。
 猫君様だって?
 どうしてそんなことがわかるのか、ただただ不思議だった。
 しかも、驚いたのはそれだけではない。

「しばらくお見えにならないうちに、ずいぶんと御立派になりもうしたなぁ。」

 なんと、懐かしそうに話しかけてくるではないか。
 
 猫である我は話をすることはかなわないが、この老婆の言うことはよくわかるのである。

「いずこから来なさった。
 およそ都から離れたこの海の町では、そう争い事も起きませんよ。
 安心して暮らしていきなされ。」
 
 何かわかっているような、そうでもないようなおしんの言葉に驚きながら、

 さようであるか、何かあれば遠慮なく声をかけるので何とぞよろしく頼む。
 そう思いながら、おしんの足元に体を摺り寄せていた。

「不思議な御仁じゃ、我が家にも猫がおるが、その猫もまるで私の話が分かるようなそぶりを見せる。
この猫君様もじゃ。」
 
 おしんが猫をいつくしみ、心を通わせているのではないかと思う。
 日の当たるベンチに帽子をかぶって一人で座り、ゆったりと過ごしているので、我もおしんとともに日向ぼっこをすることにした。
 そんな我の背中をゆっくりと心地よくなでてくれる。

「それでは、ごきげんよう……。」

 皆が体操を終えると茶の時間となり、修氏が声をかける。

「皆さん、今日はデイサービスに臨時職員、猫のキミが来ています。
 まだ一歳の子どもです。
 いたずらしたり、眠ってしまうかもしれませんが、一日仲良くしてあげてください。」

 そう長老たちに声をかけたものだから、

「ねぇ猫のキミ、こっちにおいでよ。」

 と声をかけられる始末。
 あちらこちらで愛想を振りまき、おもちゃで遊び、我はくたくたになった。

 部屋の隅に置かれた皿には水とミルク、カリカリが入っていた。
 修氏いわく、いつでもどうぞとのことなので、一休みすることにした。

 皆が昼食をとっている間は、我は昼寝をして過ごし、皆も休息をしたり、囲碁に興じたり、テレビを見て過ごしていた。
 我はテレビのことは知っているので驚くことはないが、ずいぶんと大きなテレビであるなと感心をしていた。

 おしんは、昼食後はしばらく休み、そののちに入浴しに行ったので、我は長老が休む畳の間で、一緒に昼寝をしていた。

 老婆が一人、編み物にいそしんでいた。
 ひょこ、ひょこっと毛玉が動く、編み物をしているらしい。
 我にもいたずらをしてやろうという気が起き、その毛玉を軽く払ってみる。

 毛糸が赤い線となって床を這っていく。
 我は楽しくなって、その毛玉を転がしながら追いかけた。

「その仔を止めて、はやく。」

 長老たちが騒ぎ出した。
 されど、我には楽しくて仕方がない。
 
 まったく、良いところで修氏に持ち上げられたものである。
 毛玉は素早く女官たちの手で巻き取られ、編み物をしていた長老は、修氏の手に納まっている我を見てくすっと笑っていた。

 おおむね今日の我の活動内容である。
 といっても騒がせにいってきたようであるが、修氏によると、毎日同じ事の繰り返しで、職員も同じことを仕事にしているので、ここに来る長老たちの動きも変化なく過ごしているらしい。
 そこで我を連れていくことで、変化を期待していたのだという。


「ねぇ修君、キミの様子はどうだった?」

 夕方、さおちゃんの家にキミをつれていくと、待ち構えたようにさおちゃんが聞いてきた。

「それがね、おしんさんといって、いつもひとりですごしているお婆さんがいるんだけど、そこにキミが寄り添ってくれて、そのお婆さんが目を細くして喜んでいたんだよ。」

「へ~、少しは役に立ったんだぁ、キミぃ。」

「そのお婆さんは家で一人きりなんだよ。」

「それで?」

 といいながらキミの背中を撫でている。

「実は、仲の良かったおじいさんとは3年ほど前に死に別れて、それも夜の道路でお婆さんのためにコンビニに買い物に行って、交通事故でそれきりになってしまったんだよ。」

「え、かわいそう……。」

「それ以来ずっと元気がなくて、いくら回りが励ましても、うなずくばかりで……。
 だから今日のキミは、お手柄だったよ。」

 といってキミに触れようとしたけど、キミはさおちゃんの後ろに隠れた。

 なんだよ、もう。

「あんな風に笑えるんだ、おしんさん。」

「よかったじゃない、キミにお願いして。
 それじゃ、報酬よろしく。」

「じゃ、今度の土曜日はまた買い物に行こう。」

 僕はちゃっかりデートの約束を取り付けた。
 猫君様々だな。

  君の持つ 深き想いを 哀れみて 我も寄りそう 老いの背中に


 修氏と女房とは、もうすでに夫婦の会話であるな。
 しっかりと稼ぐように修氏の尻を叩いているではないか。

 それにしてもおしんという老婆、かつての乳母のような、慈愛に満ちた存在である。
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