猫のキミと暮らせば

二、卯月


 春は、人事異動の季節……そして総務は地獄を見る。
 私は便利に使われるのか、総務のまま異動はなし。
 特に四月は新人たちがやってきて、毎日雑用に追われるようになる。

 名札の作成から提出書類のチェック、新人オリエンテーションの準備、講師の手配など……。

「もう、猫の手も借りたいってことよ!」
 
 そんな中、人事異動で上司になった二期上の先輩、おつまみ君。
 どうしておつまみ君というと、若くてかわいい子に声をかけては短いデートを重ね、飽きるとすぐに離れる。
「タイパとコスパが悪い」って、すぐ切る。
 それでもうちの会社では、まともな仕事をする希少種なので、結構有望なのよね。

「さおりさん、お疲れ様です。
 何かお手伝いしましょうか?」

 さりげなく下の名前で呼ばれたのは、ちょっと意外だった。

「今年から総務に配属されたものです。
 経験の多いさおりさんに教わろうと思いまして。」

 やはりできる男ってこうよね。
 大変そうなところに行ってさりげなく声がかけられるって。
 まぁ、こういうのは可愛いひよこちゃんたちには分からないのだろうけど。

 四月初めの総務課は縁の下の力持ち。
 とにかく新人にちゃんとスポットライトが当たるよう、企画運営はてんてこ舞い。
 そういう時に人事異動でやってきたおつまみ君だから、偉そうにしないで毎年やっている私たちを頼ってくる。

 さりげなくフォロー入れながら、ちゃんと自分の役割を作っている。
 仕事を俯瞰して、効率よく分業するように指示を出している。

 おお、策士だね。

 おつまみ君の奮戦で、意外と早く帰ることができた。
 毎年この時期は雑務が終わらず残業を覚悟していたのよね。
 
 今年は何といってもキミが家で待っていてくれる。
 さみしがり屋のキミは、帰りが遅いと拗ねているみたい。
 声をかけても知らんぷりする。

 ……でもね。

  フンッされて 引っ掻かれても キミ恋し 玄関で待つ お帰りのにゃあ


 女房は、我が朝のミルクを飲んだ後、眠っている間にどこかに行ってしまう。
 まあ、年頃の女房は若い公達との逢瀬もあることだろう……と思っていたが、どうやら違うらしい。

 日暮れをとうに過ぎ、疲れた足取りでようやく帰宅する。
 女房は帰ってくるなり横になり、ふぅっとため息をついて、少し休むのである。 
 
 我は女房の鼻先のにおいをかぎ、元気かどうか確認をしている。
 今日は酒のにおいはしない。

 そうこうしていると、いきなり女房は我を抱き上げ、こう言うのだ。

「ただいまぁ、キミはいい子にしていたかな?」

 もちろん、我は品行方正。
 そこいらの猫どもとは違うのだ。
 だが、ここには一緒に遊ぼうにも誰もいない。
 猫の子の一匹どころか、まったく人の気配がしない。

 こんな大きな屋敷に部屋を与えられるほどの身分なら、さぞ名のある女房なのだろう。
 下女の一人でも侍らせているかと思いきや、一人で生活しているようである。
 そうか、才はあるが家人も雇わず、ひっそりと暮らしているのだな。
 我と遊んでいる女房の顔は、いつも穏やかで楽しそうに見える。
 それならば、我も張り切って遊ぶべきであろう。


「こらぁ、邪魔しないでよねぇ。」
 って言いながら吹き出しちゃった。
 
 だって私のほうにお尻を向けて、パソコンをたたいて動く手を捕まえようとするのだもの。
 なんか仕事するのが嫌になっちゃう。
 やっぱりわかっちゃうのかな?
 乗り気でないの。

「にゃぁ。」って?

 キミはその小さな目で、私の心の中を見透かしているようね。
 何をやっているのだろうね?
 私から今仕事を取ったら何が残るんだろう?

  仕事する おしゃれな女 もう無理ね キミは知らずか 遊びに誘う


 この女房は時々、急に寂しそうな顔をするのだ。時々ため息をつく。
 そんな折に、我がひょっこり現れたわけだ。
 弱音を吐けぬ女房だからこそ、我のやるべきことは決まっている。

 仕事なんか放っておいて、我と遊ぶのだ。
 嫌なことなど、忘れてしまえばよい。
 この我がいる限り、女房は幸せに笑っていればよいのだ。 
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