月と夜
数人の降車客と共に駅のホームを出ると『月』が待っていた。
月こと野々原月也と私由良咲夜は小学校時代からの幼馴染だ。
お互いの家の距離は電車で一駅、タクシーでワンメーター。小中高と地元の同じ学校に通ったけれど、大学で別々になった。
月とは高校1年の時、付き合ったことがある。腐れ縁で身近にいて信用できる相手だったから。好き嫌いよりも、初めて付き合うには一番ふさわしい相手だった。
私たちは一年付き合い、別れた。
付き合おうと言った時も、別れようと言った時も、月はすんなりと受け入れた。
「ちょ……またいるし」
とは言ったもののほっとしていた。なにせ終電近くはあたりが暗く、10分程度のひとり歩きとはいえ心細いから。
大学に入ってすぐに彼氏ができたけど一ヶ月持たなかった。次の彼氏は3ヶ月ほど。今は3人目の彼氏。
原因は私にある。相手に使う時間が惜しくなってしまうのだ。今は就職を控えた大事な時期だからなるべく自分のことに時間を使いたいと思ってしまう……いや、それは言い訳なのかもしれない。誰と付き合ってもお花畑にはなれず、恋人に自分のリソースを割くことを躊躇するなど私は恋愛体質ではないんだろう。
一人目の彼氏には「可愛くねぇ」と言われ、二人目には「僕のこと好きじゃないんでしょ」と拗ねられ、今の彼氏に愛想を尽かされるのも時間の問題だと思う。
今日のコンパ、帰りが何時になるかを言った覚えはない。月でなかったら「キモッ」……となるところだ。
月は雑談の内容をよく覚えていて私の行動パターンを把握しているのだ。
「送ってくれないやつはやめとけ」
珍しく彼氏のことに口出しする。
「今の時代、女だから男に送ってもらう、っていうのもねえ」
「仕方ないだろ、肉体的に男女の差があるんだから」
見上げた月の顔は中性的で、身体も身長のわりにはしなやかさがあり未だ成長期の少年ぽさがあった。街灯に照らされた横顔は神々しくも見え、繊細なつくりを何度羨ましく思ったか。
月を好きだという女子はたくさんいたのに、なぜか誰とも付き合ったような話はない。
それを「私のことが好きだから」と自惚れるつもりはない。
私が誰と付き合おうが朝帰りしようが、月のリアクションは友人のそれと変わらなかった。月にとっては「幼馴染の多少の変化」にすぎないことなのだ。
私が月と別れた原因もその辺にあるのかもしれない。
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3人目の彼氏とも破局。
お互い自由に行動しながら付き合っていける、ペースの合う人だと思っていたのは私だけだった。彼の自由時間は別の恋人に充てられていた。
もっと自分に夢中になってほしかったと彼は言う。束縛したり焼きもちをやいてほしかったのだと、浮気の理由を述べる。そんなの言い訳! でもほんの少し「私がいけなかったのだ」と納得もしてしまった。
月は私の話を「ああ」「うん」「なるほど」など相槌を入れながら聞いてくれた。
話し終わって「それは辛かったね」と月が言った途端、涙があふれ止まらなくなった。
気づけば月が隣に寝ていた。自己嫌悪と後悔……でもそれ以上にほっとしている。
これで良かったんだ。月は私を裏切らない。
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卒業と同時に私は会社近くのアパートに引っ越した。
片道小一時間かけて、月が引っ越し祝いの寿司と唐揚げを持って訪ねてきた。
食べながら互いに近況報告をし、発泡酒を開けてベランダに出た。
「見て! 月がまん丸!」
「俺のこと呼んだ? 空の月のこと? どっち」
「どっちでもいいでしょ……ほら綺麗だよ」
「それは漱石的に言うとアイ・ラブ・ユーだね」
「月はロマンチストかよ」
「ふふ」
ベランダの手すりに両腕を乗せて夜空を眺めていると、背中に月の体温を感じた。
「私たちって結婚するの?」
なんとなく出てきた言葉。でも、いつか言おうと思っていた言葉でもある。
「しようよ」と月。
「うん。今すぐの話じゃないよね?」
「俺はできるだけ早くしたい」
「なんで? 子供がほしいとか?」
「子供は……いらない」
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