月と夜
「ありがとう。手伝いは特にないかな。もう終わるし」
「俺もここで食べよっと」と、七星が隣のデスクに腰掛けた。
「美味しい。誰かとお昼を食べるのは久しぶり……あ、これいくらでした?」
「ん……いいですよ。それぐらい」
肉まんにぱくつきながら七星が答える。
「誘っておいてごめんなさい。桜、綺麗でした?」
「うん、最高でした! めっ……………………ちゃめちゃ綺麗!」
長過ぎる溜めに笑った。
「そんなに?」
「散らないうちに見るべきです、絶対。仕事終わったら行きましょう、夜桜見に」
「うーん……はい」
そう答えると七星は屈託なく笑った。
『お花見に来ています』
月に夜桜の写真とメッセージを送った。
写真は手前に桜の枝、その向こうに屋台とフラッグが並んでいる。
「同僚と一緒」と書きかけたが削除した。
別にやましいことをしているわけじゃないんだから。余計なことを言って心配させなくても。
そんなことを考えながら七星の横を歩いていると、屋台目指して数人の若者が小走りで向かってきた。
ぶつかる!
次の瞬間、大きな手が私の肩を支えた。
いつの間にか周囲は人でごった返している。
「はぐれないように手を繋ぎましょう」
有無を言わさず大きな手が私の手のひらをすっぽりと包みぎゅっと握りしめた。
はぐれないように……そう、はぐれないようにだ。
子ども同士のような、スポーツの試合の後握手をするような、それから……
焦る気持ちを宥めるように春の夜の風は額を冷やし、七星の手は心地よい体温を伝えてきた。
「月が」
七星の言葉にどきりとした。
「月が綺麗だ」
「……うん」
『漱石的に言うと』
月の声が頭の中で再現された。
七星は多分、漱石と月の話など知らないだろう。私が勝手にドキドキしているだけ。
人混みを抜けたので手を離した。
「もんじゃ焼きとたこ焼き、どちらが好きですか?」と聞かれたので「もんじゃ焼き」と答えた。
「買ってくるのでそこのベンチにいてください」と七星は屋台に向かっていった。
待っている間に、月から返信があった。
メッセージはなく、写真だけが送られていた。
月の住むアパートのベランダから見える満月を撮ったものだ。
しばらく眺めていて、写真の端っこに誰かが写っているのに気付いた。
拡大して見ると髪が長いような……月の家に女性が来ている?
「通話」をタップするとすぐに月は出た。
「花見、楽しんでる?」
いつもの、落ち着いた月の声。
「うん……あのさ」
「何」
どうしても今、聞かなくてはいけない。
慎重に切り出した。
「誰か、側ににいるの? 写真に写っていたから」
月は答えなかった。
まさか……
どうして。どうして月は……私のことがずっと好きだったんでしょう。
やっと恋人になったんでしょう……
「何か言って」
それでも月は何も言わない。
ショックと悲しみと怒りが一気に押し寄せてきて涙が溢れてきた。
「よく遊びに来る人なの?」
「うん」と月は言った。
涙が次から次へとこぼれてくる。
「その人のこと、好きなの?」
「…………うん」
月も泣いているようだった。
私はしゃくり上げながら「わかった」と月に言った。
「ごめん……俺のことは忘れて……幸せになって」
声を震わせて月はそう言うと、通話を切った。
顔を上げるともんじゃ焼きを持った七星が近づいてくるのが見えた。
ぼろぼろ泣いている私に「どうしたの?」と尋ねる七星。
「私、振られちゃったみたい」
°.✩┈┈∘┈🌙┈∘┈┈✩.°
あれから私は七星裕斗と付き合いはじめ、あれよあれよと言う間に結婚した。
月には「結婚しました」とだけ伝えた。
なのに月に一度、月は写真を送ってくる。
そこには必ず満月が写っている。
引っ越しをしたらしく、その部屋から撮ったものばかりだ。
マニュアルモードで撮影された画像は美しく幻想的だけれど、同じような写真を送ってくる意味がわからない。
「また月の写真」
そうつぶやいたことで、毎月写真が送られてくることを裕斗に知られてしまった。
「それはきっと」と裕斗は言った。
「ずっと君を愛していると言うことだよ」
「どうして?」
「俺もここで食べよっと」と、七星が隣のデスクに腰掛けた。
「美味しい。誰かとお昼を食べるのは久しぶり……あ、これいくらでした?」
「ん……いいですよ。それぐらい」
肉まんにぱくつきながら七星が答える。
「誘っておいてごめんなさい。桜、綺麗でした?」
「うん、最高でした! めっ……………………ちゃめちゃ綺麗!」
長過ぎる溜めに笑った。
「そんなに?」
「散らないうちに見るべきです、絶対。仕事終わったら行きましょう、夜桜見に」
「うーん……はい」
そう答えると七星は屈託なく笑った。
『お花見に来ています』
月に夜桜の写真とメッセージを送った。
写真は手前に桜の枝、その向こうに屋台とフラッグが並んでいる。
「同僚と一緒」と書きかけたが削除した。
別にやましいことをしているわけじゃないんだから。余計なことを言って心配させなくても。
そんなことを考えながら七星の横を歩いていると、屋台目指して数人の若者が小走りで向かってきた。
ぶつかる!
次の瞬間、大きな手が私の肩を支えた。
いつの間にか周囲は人でごった返している。
「はぐれないように手を繋ぎましょう」
有無を言わさず大きな手が私の手のひらをすっぽりと包みぎゅっと握りしめた。
はぐれないように……そう、はぐれないようにだ。
子ども同士のような、スポーツの試合の後握手をするような、それから……
焦る気持ちを宥めるように春の夜の風は額を冷やし、七星の手は心地よい体温を伝えてきた。
「月が」
七星の言葉にどきりとした。
「月が綺麗だ」
「……うん」
『漱石的に言うと』
月の声が頭の中で再現された。
七星は多分、漱石と月の話など知らないだろう。私が勝手にドキドキしているだけ。
人混みを抜けたので手を離した。
「もんじゃ焼きとたこ焼き、どちらが好きですか?」と聞かれたので「もんじゃ焼き」と答えた。
「買ってくるのでそこのベンチにいてください」と七星は屋台に向かっていった。
待っている間に、月から返信があった。
メッセージはなく、写真だけが送られていた。
月の住むアパートのベランダから見える満月を撮ったものだ。
しばらく眺めていて、写真の端っこに誰かが写っているのに気付いた。
拡大して見ると髪が長いような……月の家に女性が来ている?
「通話」をタップするとすぐに月は出た。
「花見、楽しんでる?」
いつもの、落ち着いた月の声。
「うん……あのさ」
「何」
どうしても今、聞かなくてはいけない。
慎重に切り出した。
「誰か、側ににいるの? 写真に写っていたから」
月は答えなかった。
まさか……
どうして。どうして月は……私のことがずっと好きだったんでしょう。
やっと恋人になったんでしょう……
「何か言って」
それでも月は何も言わない。
ショックと悲しみと怒りが一気に押し寄せてきて涙が溢れてきた。
「よく遊びに来る人なの?」
「うん」と月は言った。
涙が次から次へとこぼれてくる。
「その人のこと、好きなの?」
「…………うん」
月も泣いているようだった。
私はしゃくり上げながら「わかった」と月に言った。
「ごめん……俺のことは忘れて……幸せになって」
声を震わせて月はそう言うと、通話を切った。
顔を上げるともんじゃ焼きを持った七星が近づいてくるのが見えた。
ぼろぼろ泣いている私に「どうしたの?」と尋ねる七星。
「私、振られちゃったみたい」
°.✩┈┈∘┈🌙┈∘┈┈✩.°
あれから私は七星裕斗と付き合いはじめ、あれよあれよと言う間に結婚した。
月には「結婚しました」とだけ伝えた。
なのに月に一度、月は写真を送ってくる。
そこには必ず満月が写っている。
引っ越しをしたらしく、その部屋から撮ったものばかりだ。
マニュアルモードで撮影された画像は美しく幻想的だけれど、同じような写真を送ってくる意味がわからない。
「また月の写真」
そうつぶやいたことで、毎月写真が送られてくることを裕斗に知られてしまった。
「それはきっと」と裕斗は言った。
「ずっと君を愛していると言うことだよ」
「どうして?」