『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
第1話 何のご冗談を
「わたくしが後宮の秀女に?」
何のご冗談を仰っているんだか、の視線を父親に向ける一人の女性。名を琳華。周家の末娘は今年、二十歳となっていた。
「兄上たちはそれぞれ武官の試験に合格し、父上のお望み通りに良き官職を順調に頂けているのですから今更、周家の出涸らしのわたくしなど」
「それがそうも行かなくなったのだ、我が娘よ」
「……如何にも、みたいなお話の仕方をされてもわたくしは騙せませんよ」
宮殿への出仕から周家の屋敷に帰って来た父親を出迎えた娘は訝しげな表情を示す。
なにより、琳華の言う『秀女』の選抜試験はもうとっくに終わっている筈であった。それは本当につい三日ほど前の事で、ここからもほど近い宮殿の然るべき場所で執り行われた。同時に女官候補の選抜も兼ねており、琳華もそちらにどうかと言う話は二人の兄たちから言われていたのだが勉強など準備期間があまりにも短く、諦めていた。
しかし今、父親が言っているのは読み書きの出来る貴族の娘として、皇子の正室、あるいは側室候補としての入宮についてだった。琳華の年齢的にはギリギリどころかオーバー気味であったが彼女の家の位は高い。代々、宮殿に仕える家系であった為に入宮しようと思えば上級貴族の娘として別枠で採用されるなど造作もないことであり、それは特に稀な例でも無かった。
「我が娘よ、皇子様の為の秀女になれ」
「は……?」
「だから後の皇后たる正室、あるいは側室の候補として後宮に入りなさい」
「普通に嫌なのですけど」
そもそも話がまるで見えない。
父親は上級官僚であり、武官としては「膝が痛い」と早々に引退してからは彼らを管理する兵部省に勤めている。周家はいわゆる文武両道、使い勝手のいい家系だった。分家の者も多くが宮殿内に勤めている。
本家である琳華の家でも彼女の二人の兄は立派に武官、文官とそれぞれに分かれて出仕していた。
今日は飲みにでも行っているのかまだ帰宅していない。
「父上、わたくしは秀女になれるほどの教養は流石に」
「お前に試験など要らん。十分に足りている」
本当に?とじとーっと訝しげな視線を送る琳華に父親は「今の後宮にはお前のような弾けた娘が必要、と言ったらどうする」と言う。
「はじけ……だからこそです。父上、秀女の選抜試験で何かあったのですか?試験を通過した女性が想定よりも少なかったとか」
「いや、そうでもないんだ。簡単に言えば我が一族始まって以来の大博打を行う、と」
「酒と女と博打は身を滅ぼしますが」
「お前ならば分かるだろう?入宮の裏に強欲は付いて回る。たとえ娘たち本人の意思が強く無くとも次期の皇帝たる皇子様の子さえ生せば外戚として絶大な権力を持つことになる。それを千載一遇だと思い、あの手この手を使って」
「あの手この手については日頃の父上の常套手段では?」
まさか、と琳華は息を飲む。
「わたくしを使って周家を皇族の一員に?正気ですか?どこかで頭を打ちましたか?それとも」
「そんな不敬なことは流石に考えておらんわ。しかし琳華よ、世の中は広い。秀女選抜の結果などお父さんがチョロっと小細工をしてどうにかしてやる。だからお前は――皇子の身の為に後宮に潜りこめ」
なんだか耳触りの良いものの、悪い言葉なのは琳華にも分かった。
(父上はいつもそう。わたくしの好奇心を的確に……まあ、父親だからそこは)
父親のその『後宮に潜りこめ』の言葉ひとつで難色を示していた娘、琳華の興味指数はぐぐっと急上昇してしまう。
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