『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
「皇子様の身の……と言うことはわたくし、何か重要なお役目を頂けるのですか」
「ああそうだ。お前は周家の宝、お父さんとお母さんが磨き上げた玉のような至宝。手を焼くほどの利発な性格に顔も良い」
「顔は親の贔屓目では?」
「これは我が娘にこそ務まる話なのだ」
実際に“顔の良い”琳華に縁談の話はいくつもあった。
上級貴族の娘であり、父親や兄たちは宮殿に勤めていて地位も申し分ない。父親の同僚、同じような貴族階級の家から嫁に迎えたいとの話は腐るほどあった。
あったのだが、父親は娘を嫁に出さなかった。琳華自身は嫁ぐ事についてそこまで嫌がっているようではなかったのだがこの一族の特殊性がどうしても縁談について慎重にならざるを得なかったのだ。
「詳細な話はある程度詰めてある」
今夜はこのまま話し合おう、と言う父親にコトは急いているのだと娘は知る。
「さて……お前は愛嬌のある可愛らしい姫だ」
「ですからわたくしは」
「常日頃からおしとやかであり、暗闇を怖がり、箸くらいしか重い物は持ったことがない」
「父上、なにを仰って……?」
「小さな頃から兄たちと庭を子猫のように飛び回り、夜には松明を持って虫取りに出掛け、面白い形の石があったからと庭石にするためにせっせと山から担いで来るような娘ではない」
滔々と語り始める父親にまた琳華の顔は若干険しくなる。だが彼女の細くもしっかりとした健康的な手は沸き上がる興味を隠せずに膝の上で握りこぶしを作っていた。それを見逃さず、話に食いつき始めた娘に父親は話を続ける。
「そして、お前は武術など何もできない。包丁すら持たされた事も無ければ箸一本で人をどうにかしてやれる技量もない。剛腕を持てぬ女人の身ながら強くたくましく生き抜き、悪しきを挫くような繊細かつ大胆な肝など持ち合わせちゃあいない」
話の締めくくりにフン、と鼻で笑った父親はとても悪い顔をしていた。それを目の前で聞き、見ている琳華の瞳は瞬く間に猫のように爛々と輝き出す。
「わたくしが秀女として後宮に潜入して皇子様に降りかかる悪い思惑を断つ、と」
「ああ。後宮には皇后様などの警護のみならず女官や下働きの下女たち全てを含めた宮女たちの不正を取り締まる宮正と言う組織はあるのだがお前はまたそれとは別枠。単独で動いて欲しい」
「それはその……一応、秀女となりますと万が一わたくしが皇子様に……いえ、ありませんね。絶対に無い」
もし、見初められてしまった場合を琳華はうっすらと考えたが自分のような者が立場ある者、しかも皇子に気に入られるなどない。
性格に難があるのは自覚している。それに本当は入宮にずっと興味があった。特に自分のような者ならば宮正に打って付けのはず。あわよくば今回のこの入宮で官職に就ける好機があるかもしれない。
(わたくしが後宮に……もし、この機会を逃してしまったら後はないかもしれない。それならいっそのこと)
琳華のよく回る頭は非常に前向きで積極的な結論を叩き出す。
秀女として仮に入宮した後に宮正の、まず官職につく前の段階の女官候補として採用して貰えないか内部の者に掛け合うことが出来れば。
ここ最近の琳華は正直、退屈していたのだ。
父親は娘の自分をどこにも出してくれない。もうかなり良い歳になっていると言うのにやれることと言えば同じ貴族の幼い娘たちに通いで読み書きや裁縫などの基礎を教えることくらい。
そちらの評判は上々でライフワークとしては悪くはなかったのだがどうにも刺激の足りない日々を送っていた。
これは、父親の手の内から脱せられるいい機会かもしれない。
「娘よ、悪い顔をしているぞ」
「それは父上とて」
親子の利害は今、一致した。
「しかし父上、わたくしにも支度と言うものが流石にあるのですが秀女に選ばれた者の入宮はいつごろに」
「七日後だ」
「はっや」
何やら事は本当に急いている様子。
「お前の頭脳は申し分ないがどちらかと言うと貴族階級からの招待枠だ。他にも数名、官僚の娘たちが秀女として入宮する。待遇についてはまあそこはアレだ。お父さんがナシをつけてやるからどうにかなる」
「そんな事をして大丈夫なのですか?」
「皇帝陛下の元で働くお父さんの顔の広さを知ると良い」
「それって良い意味として捉えておいた方が良さそうですね……」
ただここから先、父親の自慢話と苦労話と最近の聞いて欲しい話の壮大な三部作の長話が始まる事を知っている琳華はずり、と逃げようとする。
しかし琳華はあわよくば後宮の女性官僚になりたい。その好機を前にしては流石にここは父親の話を聞いてやろうと広い心を持って座り直す。
なんならお酒を一献、と給仕し始めた。