『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
とりあえず、ではあったが伯家の侍女を追い返した琳華と梢は改めてこれからの方針を固めよう、と声を潜める。
ここは周家の屋敷ではない。誰が話を聞いているかも分からない。
「そもそもおしとやかな感じってどうしたらいいのかしら。猫を被るだけじゃ駄目な気がしてきたわ」
「そうですね……こう、儚げに視線を斜め下にして」
ふ、と伏し目になる梢に琳華はうんうんと頷いて妙な事を覚え始める。
「断ったものの、気分転換と称して外に出ることは可能でしょう。でもそれもあまり使えないから散歩が趣味とで吹聴しておこうかしら」
「先手必勝でございますね?」
「ええ。それが周家の家訓ですものね」
幼い頃から周家で育っている梢もしっかりと周家の家訓を学んでいる。小柄で可愛い顔をしているが中身は周家の覚えを深く胸に刻んだ強い女性だった。
だからこそ、琳華も梢のことはなるべく同等に扱う。世間体もあるのでそう言う所は考えつつも使用人と言う仕事としてよりももっと身近な存在でいて欲しいと思っていた。
もし、梢が傷つくようなことがあれば絶対に許さない。それくらいの気高さと気概を持ち合わせた女性が周琳華だった。
「そもそも宗駿皇子様の親衛隊長様ってどのような御方なのかしら。武官や武将の方はともかく、武功などのお噂は父上や兄上からも聞いたことがないし」
「旦那様が頼りになさるような武人、宗駿皇子様の護衛の一番偉い方ですからきっとこう、筋骨隆々のたくましい御方なのでしょうか」
「会えるかどうかはまだ分からないけれど、ちょっとくらい楽しみに思っても不敬ではないわよね」
ふふ、と笑う琳華に梢は少し驚く。
周琳華の性格上、長兄次兄の二人以外に男性に興味を抱くことはほぼ見受けられなかった。年齢も年齢であり、本当に興味がないのかとも……。
てっきり梢は琳華が我が道を一人で突き進む自立した女性を目指しているのだと思ったが何となく、今の主人の表情はときめいているように見える。それは、まったく悪い事じゃない。
「わたくしはつい、胸や肩をしっかり張りがちになってしまうから」
「柔らかな印象を、とのことならこうでしょうか」
「肩を落として……このお役目、梢にやってもらった方が合っている気がしてきた」
「んもう、またそのような事を仰って。お嬢様だからこその立派なお役目なのですから」
琳華にとって梢は子供じみた冗談も気兼ねなく、くすくすと笑い合える大切な存在だった。
・・・
伯丹辰からの誘いを断った琳華は部屋で食事を済ませたあと、逗留している寄宿楼から外に出た。もちろん衣裳は変わらず、白の上下に持ち込んだ薄桃色の羽織。本来、白色は弔いの色合いではあるが織りは上質で光沢があり、所々に大ぶりな柄が織られている。
とにかく、琳華たち秀女の立場はまだ後宮の客人でしかない。女官や宮女たちはそれぞれの部署や階級別に色の付いた上下を着ているので白一色で区別をしておいた方が扱いがしやすい。宮女たち側からすれば今の内に秀女たちに名を覚えて貰えば果ては将来の皇后、寵姫の侍女として取り入る絶好の機会だった。
「小川が流れているなんて珍しいわね」
夜でもそこかしこでかがり火が焚かれているのでそこまで暗くはない夜の後宮の庭。案内図では宗駿皇子が住まう東宮とも大きな門扉を境に通じてはいるようだが煌々と明かりがともされている門の警備は堅そうに見える。それはそうよね、と琳華は視線を戻すと梢を伴って夜の庭を小川伝いに散策し始める。