『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
第2話 パチモンの笑顔


 さくさく、と短い下草を少し踏む音。そよそよとそよぐ夜風。

 「小川と言っても結構浅いし底も綺麗……どこかで水量が管理されている観賞用の小川かしら」

 ねえ小梢、と振り向いた琳華はぬっと現れた人影に咄嗟に梢の手を引きそうになる。その人影は梢の真後ろに二つ、あった。
 しかし手には足元を照らす提灯が提げられており、相手が警備の男性武官であることに気がつく。腰には許可されている者しか賜ることが出来ない白い組紐が提げられ、揺れていた。

 「隊長、周琳華殿で間違いありません」

 梢の真後ろに来ていた大岩のように体の大きな武官が振り向き、もう一人の武官に伝える。

 「そうか。周先生の仰った通りではあるが」

 驚きと警戒からまだ言葉を発せないでいる琳華たちに対し、体の大きな武官の後ろにいた人物が姿を現す。

 「琳華殿、こちらの方は張偉明(チャン エイメイ)親衛隊長です」
 「しん、えい……っ、わたくしは周琳華と申します」

 慌てて小さくかしずく琳華にすぐ横に捌けた梢も深く頭を下げる。
 しかし背の高い親衛隊長の鋭い目は琳華が侍女を咄嗟に守ろうとしたのを見ていた。
 普通、瞬発力が無ければ出来ないような反応。それに他人を守れるほどの格闘の心得と、強い自信も伴っていなければ……気のせいだったろうか、と張偉明の切れ長の目は琳華をじっと見つめる。

 「隊長、隊長ってば。周先生のご息女殿の前でその目はやめてくださいよ」

 つんつん、と筋骨隆々な肘で小突かれた偉明は咳払いをしてから「周先生には大変お世話になっている。ゆえにこちらから先に挨拶をしようと思ったのだが」と自らが夜の後宮の庭に訪れていた理由を簡潔に述べた。

 「それ、と。あー……此度の秀女への抜てき、おめでとう御座います」

 しかし彼の澄んだ声による言葉はあまりにも棒読みだった。
 その心にもない声に大柄な武官の方が平身低頭になっている。

 「琳華殿、我々は周先生から多大なるご推薦を賜りまして……良き家柄の隊長はともかく俺は商家の出なのですが隊長付き、つまりは宗駿皇子様のお傍にいられるのは先生のお陰で」
 「そ、そうだったのですね」

 こちらこそ父がお世話になっております、とやはり琳華も若干の棒読みで言葉を返す。

 「……良い歳をしてとんだお転婆だと話に聞いているが」

 またしても偉明はじーっと注意深く琳華を見る。
 人を見る目が厳しいのは衛兵としての癖なのだろうがその瞳は冷めていた。一体全体、父親はこの親衛隊長に何を吹き込んだのか。素を出してもならないし、とどう振る舞ったらいいかが分からない。

 「例の紙帯だが」

 あの炙り出し文字の事を言う偉明に琳華は地の部分が出ないよう、梢に手本を見せて貰ったように視線を少し下げていたのだが顔を上げてしまう。

 「この時刻にここに居ると言うことは読めたようだな。一見、子供だましにも思えるがあれはれっきとした暗号文の法……ただし、それを子供時代に経験していなければ女人には香りの良い(ふみ)程度にしか分かるまいが」

 あまり見ないようにはしていたが皇子専属の親衛隊長である張偉明は……美麗なる男性だった。切れ長の目元もさることながら背の高い涼しげな立ち姿。帯刀以外の武装はしておらず、濃紺の長羽織を纏っている。その中は親衛隊の揃いの隊服らしい羽織と同じ濃紺の衣裳。長く真っ直ぐな髪は高く一つに結び上げられていた。
 そんな彼の腰には絢爛豪華な白い組紐の飾りに発色の良い翡翠の細工が結び付けられている。
 その飾りも繊細で、隣にいる筋骨隆々な部下の武官とは違う格式高い物を付けていた。

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