『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
最初、偉明を見る前の琳華は親衛隊長がどのような人物か想像をし、胸を高鳴らせていた。結果は……なんか、微妙。
麗人であることに違いは無いがどこか傲慢と言うか、冷めていると言うか。父親の事は尊敬しているようだが娘の自分のことなどどうでも良いどころか、ちょっと面倒くさそうにしている。
「周琳華、これは密勅である」
そしていきなりの尊い言伝てにぎょっとしたのは琳華と梢だけであった。
「宗駿様の兵として非常に遺憾ではあるが周先生のご息女と言うことを加味し……」
「隊長、女人にはもっと優しくお伝えをしないと」
「構うものか。どうせ猫の皮の三枚でも被ってその程度なのだろう」
「な……っ」
「それだ。都度、私の言葉に反応を見せるな」
咄嗟にぐぬぬ、と白い上衣と羽織の袖の中で握りこぶしを作る琳華はとんでもない男が親衛隊長なのだと知る。ちょっと夢を見てしまった自分が馬鹿だったとしか思えない。
「密命を受けた秀女、周家のご息女たる方が私の言葉ごときで感情を表に出すなど……この後宮ではまるで通用しないと覚えておけ」
「隊長、あまり言い過ぎては」
「構わん。これくらい言っておかなければ私とて」
最後の部分を言いよどんだ偉明ではあったが琳華はそれどころではなかった。それは梢も同じで。
「ご息女、私の隊の一員として変装をされた宗駿様の謁見が明日、行われる。これはご息女とその侍女にしか知り得ぬ機密である」
心せよ、と言い放った偉明は礼儀知らずでは無い癖に立ち去る際、琳華に挨拶をひとつもしないで小川からすたすたと離れて行ってしまった。大柄な武官の方は「失礼いたします」と謝るように挨拶をしながら慌ててそのすらりとした背と靡く髪のひと房を追い掛けていく。
「あのぅ、お嬢さまぁ……」
先ほどから何も言わない琳華が気落ちしているのかと思った梢は主人の顔色を確認する。
「ああ……あー……ですよね」
周琳華は大人げも無く、しかし確実に憤慨していた。
確かに酷い言われようであったが彼女にとって偉明の言葉の全部が図星だったのだ。
(このわたくしが、この周琳華が殿方にこうもけちょんけちょんに完膚なきまで事実を突き付けられて馬鹿にされる日が来るなんて……っ!!)
おしとやかさを気取っていても見破られていたし、咄嗟の物事に対し気を取られがちになっている事も見抜かれていた。
「お嬢様、おしとやかです。しゃなりしゃなり、です」
袖の中で握りこぶしを作っていることは梢も分かっていたが多分、偉明たちにも見透かされていた。
梢も琳華のすっと通った鼻をあかされ、侍女としては主人を擁護するべきではあるが――相手側、偉明たちは『今ならまだこの役目から辞する事も可能である』と言ってきているように思えてしまった。
これは周琳華の、女性の背では背負いきれないような密勅である、と。
だからこそ、悔しくて堪らない。主人たる琳華は今、そんな表情をしている。
「あの、お嬢様。宗駿皇子様のことですが」
「わたくしもお顔は存じ上げていないから秀女の皆も多分、知らないと思う……」
でも、と琳華は言葉を続ける。
「この件、宗駿皇子様はご承知なのかしら」