『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
また夜風が吹く。
親衛隊長が後宮の庭を歩いているのは別段、珍しいことではないらしく誰も気にも留めていない。ごく普通に挨拶をして、通り過ぎてゆく。遠くなる二つの背を見る琳華はやっと握りこぶしをほどいて風にそよぐ後れ毛を少し気にするように首筋を指先で撫でた。
「しかも親衛隊長様は皇子様からの言葉ではなく皇帝陛下からの“密勅”と言ったわ。これはわたくしの憶測にしか過ぎないのだけれど……」
皇子はこの事態を知らない。
秀女の中によくない思惑を持った者がいるかもしれないと言うのに、変装をしてお忍びで正妻や側室を選ぼうとしている。あるいは誰かの意思によって強制的にさせられているのかもしれないが……不確定な話ばかりをあれこれ考えてもしょうがない。
琳華は自分の考えを梢に伝えはしたが話はこれ以上進展はしなかった。
「ねえ小梢、伯丹辰様の部屋には秀女全員が招かれていたのかしら。わたくしたち以外、誰も庭に出ていない気がしたのだけれど」
「どうでしょう……皆様、お部屋はそれほど広くはないようですが全員が集まるとなるとぎゅうぎゅうですよね」
「わたくしからはまた明日にでも詫びを入れがてらお話をしようと思うわ。家から干菓子を少し持ってきていたでしょう」
持ち込まれた菓子程度の食糧。入宮の際に包みの中から無作為に一部が没収され、それを毒見として梢と後宮の下女が口にしたが問題は無かったので持ち込まれていた。そうは言っても細工のしづらいような糖蜜に漬けた干した果物だったり、砂糖菓子の類い。どこまで父親の手が入っているのかは分からないが一応、食べ物には許可が下りている。
「ふう……」
「お嬢様、もう少し散策されたらお部屋に戻りましょう」
「ええ、そうするわ。まだまだ先は長いものね」
すっと無意識のうちに姿勢を正す琳華だったが少しだけ肩を落とす。本人の気持ちも少し、しょんぼりだった。
まさかあんなにずけずけと言われるとは思いもよらなかったのだ。自分が上級貴族の娘として甘やかされて育って来たのは頭では分かっていたがこうも胸に突き刺さるように他人から言われたのは初めてのこと。
琳華は自分が周りから褒められて育ち、あからさまに蔑まれたりなどされた経験がなく、気持ちが揺れる。
母親は元、書物などを扱う部署の女官だ。そして後宮の悪い部分も良く知っているどころか実際に見ていた、と言っていた。
一応、後宮勤めだった母親は「皇帝陛下から下賜された」と言う扱いになっているが実際の所はごく普通に許しを得ての結婚だった。
どうやら父親が一目惚れをしてしまったらしい。そのまま女官であることも可能だったそうだが女性たちの陰湿さが性に合わなかったのか母親は後宮暮らしからさっさと引退していた。