『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
夜の後宮の石畳を歩く琳華は暫くしょんぼりとしていたが……翌日、それがとんでもない風評を生じさせる。
後宮内では秀女たちの見目について早速、ある事ない事なんでも混ぜ込んだ噂話が下働きの下女たちの間で交わされ始めていた。
「お嬢さまぁ」
梢が語尾をだらしなくするときは基本的に琳華と二人だけの時に限定される。今朝も秀女たちは広間に集められ、朝礼と今日一日の行動について説明を受けた。
そして今は個々の部屋での朝食の時間。
ひそひそと琳華の部屋の前には官職ではない若い下女たちがひと目、元布団部屋に住まう秀女を見ようとしていた。
琳華への配膳の直前まで梢は扉のそばでそわそわと聞き耳を立てていたのだが下女たちが簡易的な食卓を作って出て行ったあとのこと。
「最年長の年増って言われていますぅ~」
「仕方ないわよ。間違いなく、事実なのですから」
それに自分は目的が違う、と梢に言う琳華は汁物などがちゃんと熱く温められている事に気がついた。
(昨夜はなんとなくぬるい感じだったのに湯気が……時間の関係かしら)
逗留している寄宿楼には広い炊事場がある。秀女と侍女たち分の食事はそこで“後宮に訪れた客人用”として作られているのだが今朝のおかずは昨夜より少し多いようにも見える。
先に梢が毒見がてら小皿に取り分けて口にするが「お野菜も柔らかく煮てあって美味しいです」と言っている。昨夜は味や食感に言及せず「大丈夫です」としか言っていなかった。確かに、正直に言えば街の食事処の方がうんと美味しいくらいの……。
「小梢も聞いたと思うけれど今日の午後、わたくしたちの予定の中に後宮内の案内と散策があったわよね」
「はい。お作法の座学のあとに……そうなりますと昨夜の」
「ええ、その中に」
取り分けて貰った食事に手を付けようとした琳華は口を噤む。
「ねえ小梢」
急に小さな声になった琳華はちょいちょい、と梢を傍に寄せる。
「わたくしたちだけの言葉やしぐさを作った方が良いかもしれない。ほら昔、父上の目を掻い潜って街に遊びに行く計画を立てていた時みたいに」
正直、ここの部屋から漏れ出る声を誰が聞いているか分からない。洗濯物干しにも使っていたような日差しのよくあたる角部屋であるが実際は悪い面もあり、二方向の窓から覗き放題となっていた。
部屋には大きな衝立が二枚あるが一枚は扉の前、もう一枚は琳華の寝台と着替えの場所に置いてあった。