『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
梢は「慎重に行動をしないとなりませんね」とぐるりと部屋を見回す。
昨夜、親衛隊長の偉明が言っていたように感情のみならず言動も慎まなければならない。すぐに反応をせず、まずは一呼吸おいてから行動に移した方がいい。
朝食の時間はあっと言う間に過ぎ、膳を下げに来た先ほどとはまたがらりと人が入れ替わったらしい下女たちがじろじろと不躾にも食後のお茶を飲んでいる琳華を好奇の目で見た。しかしそこで琳華は下げに来た下女たちににこっと笑いかける。
直接的な言葉は発しなかったが優しく、ほんのりと口角を上げて彼女たちへ礼の意思を示した。
下女たちはとても若い、少女と言っても良いような年齢の女の子たちが混ざっている。
ゆえに梢よりも年若く、廊下では小さな歓声が上がっていた。
「……チョロイわね」
「お嬢様、地の部分が早速お出ましに」
「あら失礼」
頭が良くなければ秀女になれない。
しかし琳華は武官の父と文官の母の血を引いた子供。兄たちはそれぞれに受け継いだが彼女は特別。知を元にした計略を実行するには度胸が重要であり、その度胸を得るにはやはり健康な体も必要だった。琳華はそれらのどちらも兼ね備えている。
「わたくしは姫……猫のように、しなやかに……」
「見せかけの皮など被らずともお嬢様はとっても素敵な女性なのに」
ぶつぶつと独り言のように復唱している琳華。偉明に言われた事が侍女として未だにちょっとだけ許せないでいた梢は唇の先をきゅっと尖らせながらも最後にはぐい、とお茶を飲む。本来ならば琳華と梢は絶対に覆らない主従の関係。茶どころか席を共にするなどあってはならないが琳華の性格上、人が見ていない所では梢を自由にさせていた。その方が自分も疲れないから、と琳華は梢に伝えてある。
言わば二人は元から『ソトヅラは良い』部類だった。誰も見ていなければ姉妹に近い振る舞いが行われているし、誰かの目がある場所ではしっかりとした主従関係を装っている。
「ほかの秀女の方たちを観察していれば多少なりともわたくしの所作も良くなるかしら」
まだまだ偉明からの強めなジャブが効いている琳華は物憂げに小さく息をつく。しかし今日は今から昨日の夜に言われていた通りに皇子の謁見が秘密裏に行われる。
「小梢、髪形はあまり目立ちすぎないように……羽織も昨日と同じ薄桃色の物で構わないわ」
「承知いたしました。ではお化粧もいつも通りのお色にしましょう」
食後のお茶もあまりゆっくりはしていられない。
昼の後宮内の散策を兼ねた案内が始まる前は座学として基本的な後宮での振る舞い方などの講義を受ける。その講義は後席で御付きの侍女たちも必ず聞くこと、となっているので主人と一緒に逗留している侍女たちは皆が出なくてはならない。
「そうだ。小梢はあの濃い桃色の石がついた簪が良いわね。わたくしの口紅の色や羽織りとも合う」
「あのぅ……本当に私が頂いてよろしいのですか?」
「当たり前じゃない。周家は気前が良いのよ」
その言葉は梢が遠慮をしないようにするための建前だった。琳華も単純に飽きたわけなどではなく、梢に似合うと思っていた。
そうしている内に集合の時間となり、琳華は梢を伴って寄宿楼の上階にある広間へと向かった。