『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
「薄化粧の方が楽ね」
朝食の膳などの為に人の出入りが始まる前に琳華は身支度を整えてしまう。今しがた偉明から手紙が来たと梢にも見せ、皇子はお忍びでも現れることはないらしいので薄い色合いの羽織を着る。髪も軽くまとめる程度ではあるが気を抜き過ぎるわけにもいかない。
「お嬢さまぁ~本日も昨日の紅にしましょうよぉ~」
今日も渋い色合いを選ぶ琳華。赤みを少し帯びた紫色の羽織は確かに昨日の紅ともよく合う。衣裳と化粧品に関しては大体色味を二色に絞ってきていたので薄い桃色の口紅は今日の羽織には控え目過ぎると梢は判断したようだった。
「小梢は色の感覚が人より優れているのかもしれないわね。刺繍も上手だし」
「そ~んなぁ~褒めてくださっても私からは何も出ませんよぅ」
口調も表情も満更ではない梢が可愛くて笑みをこぼす琳華だったが今日の座学は侍女たちが付かない。その間に梢には単独で動いて貰うわけなのだが……。
「ねえ小梢、頼んでしまっているこちらが言うのも……その、どうか今日は気を付けて」
「はい。賄賂はたんまりと用意しましたから大丈夫ですよ」
「ふふっ……わたくしも一つくらい袖の下に持っていようかしら」
後宮内での甘いお菓子は貴重だった。
働いているのは皆が年頃の女性たちで、育ちざかりでもある。時に甘い物も欲しくなるのだがなかなか手に入りにくい。
どうやら梢が夜なべをして作っていてくれたらしい小さな紙の包み。中には琳華が持ち込んだ糖蜜漬けの甘い干し果物が入っている。ちょっとした噂話や内情を喋らせるには十分なブツだった。
「それはそうと、午前中いっぱいはお作法のお稽古だから気は抜けないわね。座学を担当されている女官様は一から丁寧にお話をしてくださるけれど」
秀女たちの座学全般を教えるその女官は怒る事が無い人物だった。
しかし周家で厳しく、勇猛果敢に育てられた琳華にはそれがとても恐ろしいことなのだと悟られていた。丁寧に教えはするが全く怒らないし、手違いに対する助言すら無いと言うことはその時点で『見限られている』のだ。所詮はその程度、と。
健全に気位の高い琳華は物事の真意を見つけるのが上手い。だからこそあまりにも冷酷な女官によるこの座学の時間がいささか苦手だった。
自分が間違った部分は自分で見つけ、理解し、直さなければ本当に『所詮は甘やかされて育った根性なしの貴族の娘』の烙印を押されてしまう。
所作などは日々の積み重ねが物を言うがこの後宮では惨いくらいに直さなくてはならない期間が短い。それに秀女が第三者から求められる物事の数も多かった。
ひょんなことから皇子や皇帝から寵愛を賜ったとしてもその重責に耐えられなくなった女性もきっと少なからず……。