『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
第5話 本当の秀女選抜
夜が明け、また泣いている秀女の声に皆が早々に起きて淡々と支度を済ませる朝。
寄宿楼の端っこの角部屋にも朝陽が差し込む。昨日よりもふかふかの布団にくるまれていた主人は珍しく起床が遅く、様子を見ていた梢も「疲れていたのかな」と自身の身支度を整える。
琳華はいつも使用人と同じくらいに早起きなので遅く起きようとも予定的には何も問題はない。屋敷に居る時、起きた琳華は勝手に屋敷内の庭木を弄ったり散歩をしたりしている。三日に一回くらいは兄たちから教わった演武の型の練習もしていた。
「んー……っ」
流石にもうそろそろ起きるだろうと桶に水を汲みに行ってしまった梢とほんの僅かな時間差で起きた琳華。屋敷での寝起きとはまるで違う、忙しなく行き交う人の気配を感じ取る。
窓辺に寄り、少しだけ空気を入れ替えるために開けた時だった。
「周琳華様のお部屋ですね」
「っは、い。そうです」
「そのままで構いません。こちら、隊長からの文で御座います」
二人分の影が窓越しにあるが中は覗かず……寝起きの女人の為にす、と窓枠に細く折りたたまれた紙が差し込まれる。その二つの人の影はすぐに立ち去っていった。起き抜けの琳華の頭は外廊下も兵が巡回していて、その中に偉明の息が掛かった隊が混じっている事を思い出す。
(頭が全然回ってない。わたくし、もしかして自分が思っている以上に疲れている……?)
でもまあ致し方ない、と割り切ることが出来る琳華は寝間着のまま渡された文を開く。そこに書かれていた筆文字は偉明の人柄を表すように細く繊細で、寝ぼけ眼も冴えてしまうくらい今まで受け取ったすべての文の中で一番美しかった。
将軍の次の位、もはや最上級とも言える武官だと言うのにこんなにも細く、美しく、力強い字を書くなど。
(父上も一線から引いた後は事務作業が多くて嫌になる、と嘆いていらっしゃったけれど偉明様もそうなのかしら)
日頃から筆をとって、結構な量の文章を書いているのかもしれないと推測する琳華は『今日の予定は無い。また、夜に』のたったの二行でも気持ちがなぜだか揺れてしまう。しかもまた『夜に』会って本当に大丈夫なのだろうか。
「あ、お嬢様。おはようございます」
「おはよう、小梢……寝過ごしちゃったみたいね」
「冷たいお水で顔を洗いますか?」
「ええ、そうする」
「私もお水で洗ってきました」
えへへ、と笑う梢は朝の支度を始めてくれる。
水桶など用意さえしておけば琳華は全てを自分一人でやってくれるので着替えの時くらいしか梢は手伝わない。極力、琳華からもそうして欲しいと言われてきていた。梢もそれが普通ではないと知っているが周家自体、型破りな家なのですっかり馴染んでしまっている。